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セツ小話が聞きたい

伊野 孝行(イラストレーター)
1994年~2000年在籍

 水木しげるさんについて評論家の呉智英さんは「ひょっとしたら、水木しげるの最高傑作は水木しげるかもしれない」と書いたそうです。
 ひょっとしたら、長沢節の最高傑作も長沢節かもしれない……とわたしは思います。長沢節先生のおもしろさというのは、言葉ではなかなか説明しがたいのです。先生の絵も、先生の文章も大好きですが、でも、「それだけでは長沢先生の魅力はすべて伝わらないんだよなー」とわたしはいつもくやしい思いをするのです。
 わたしがセツの先輩や仲間と話をするときに、楽しみにしているのは、長沢先生がこんなことを言った、あんなことをした、というエピソードを聞くことです。その内容がどうでもいいことであれば、なおさら面白いのです。なかなか言葉では説明できない先生の魅力というのは、そんな枝葉のエピソードに宿っているような気がします。
 こんなことがありました……
田茂之さん 先生が学校のマンサード(屋根裏部屋)から、四谷三丁目のマンションに引っ越した頃です。休憩時間で、わたしはセツカフェのところでコーヒーを飲んでいました。長沢先生もとなりでコーヒーを飲んでいました。
 ちょうど、階段から掃除中の村田茂之さんがモップとバケツを持って降りてきました(当時、村田さんは講師ではなく掃除係でした)。そしたら、長沢先生は村田さんを見て、何かを思い出したようにこう言いました。
「ねー、村田クーン、俺、さっきお米炊いたまま出てきちゃったのよ……。悪いけど、俺の部屋に行って、ご飯をしゃもじでかき回しといてくれー。保温のままにしとくと不味くなっちゃうでしょ~」
 学校から先生のマンションまでは往復で二十分はかかるでしょう。このときばかりは、炊飯器の中のご飯が村田さんより大事だったんですね。いつもは自分のことはなんでも自分でする先生だから、よけいにこの人使いの荒さが面白かったのでした。真剣な顔で頼み事をしている先生と、困惑の表情を浮かべながら「あ……はい……」と答えている村田さんを見比べながら飲んだセツコーヒーの味が忘れられません。

※お知らせ
「小説すばる」3月号から『ぼくの神保町物語』という読み物を連載します。神保町の喫茶店で、わたしは十九年間バイトをしながら下積み生活をおくりました。その間の話です。第二回からしばらくセツの話になりますので、よかったら立ち読みでもしてください。

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  1. 87 より:

    秋頃だったと思います。
    セツ先生のシャツを見て、学生がざわついたんですね。シャツだったか、ロンTだったか、明確に思い出すことができませんが

    顔付きのヒョウのシャツだったんです。
    オオサカの50代前後のお姉さんに支持されているアレです。

    あんまりざわざわしていることにセツ先生が気付き

    「なに?なに?」となったわけです。

    学生のひとりが「あの。。。ヒョウが。。。」というと

    「あ、コレ?オレ、ヒョウ好きなんだよね」とおっしゃって、クラス全体が『ファッション界の人がコレを好きなのですかっ!!!』というような、なんとも言えない空気に包まれたことがありました。。。

  2. 卒業生 より:

    黄土色を見ると、先生を思い出します^_^

  3. George より:

    Thanks so much for the article.Much thanks again. Great.

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