vol.1春、ひさしぶりに悠三さんを訪ねた

吉祥寺、東急の角を曲って魚屋さんの向かいに大きな木と一緒に「4ひきのねこ」はある。以前わたしは、こちらの店主の河田悠三さんに、お花を教えて貰っていた。最後に訪ねたのは4年くらい前だっただろうか。
 

「こんにちは、悠三さん。」

「久しぶり、ちょっと座って待っててね。」
 

どうやら憶えていてくれたみたいだ。 木のベンチに腰かけて、周りを見ると庭先から店の奥まで、可憐な、華やかな、楚々とした、大胆な個性豊かな花花がいろんな器に飾られている。それぞれの花が生き生きとしている。パリの花市場のような雰囲気は変わっていない。
 

悠三さんは目の前のミシン台の上で、横長籐の花籠をつくっている。白のヒヤシンス、グリーンに少し紫が入った珍しいラナンキュラス、モノクロのアネモネなどが、バランス良く飾りつけていく。1本いっぽんどんな形で何処に飾られるんだろう。見ているだけで楽しい。
 

「悠三さん、これは何のための花?」

「これは、お悔やみ用のもの」

「お悔やみの花でこういうの見たことない。素敵だね」

「余り白くしないで欲しいと言われたから。まぁ、うちに頼むくらいだから、ちょっと変わったものが好みなんだとは思うよ」
 

裏と表の表情を変えながら、最後にとても小さなチューリップを添えた。故人を偲ぶ想いが感じられるような、厳粛で気品のある濃い紫。
 

「ところで、今日はどういった用?」
 

この日、悠三さんを訪ねたのは、仕事の依頼をするためだった。
 

「あのね、花のことを書いて貰えないかと思って」
 

「花のこと書くのちょっとごめんなさいかな。本当はあんまり花好きじゃないし。どちらかというとお店の空間つくったり風景のほうが好き。花束はその切り売りみたいなものだから。どんなひとにどんな風に渡すのか想像しながら」
 

「花はドラマなんだよ。うちは花束を袋に入れないんだけど、むかしは当たり前のことでね、花束は手に持ってほしいわけ。ドラマチックにかっこよくね。持って歩いてるときも花なんだよ」
 

「お店の花に値段をつけてないのは、出会いを大切にしたいから、花にも人にもね。お客さんにとってはめんどくさいけどね、いちいち会話しなきゃ買えないからね。アンチコンビニアンスさ。
 虫のように、無心に目が行った花。それをまず心にとめといて、その人の雰囲気や会話からイメージを束ねていって最後にその花を入れてできあがり。あとは少しだけ想像を超えればいい」
 

「花ってなんだろ?なんで活けるんだろ?とか考えてるとね、人間だけじゃない?そんなことするの。なんか業のようなもの感じるわけ。だから野原に咲いているようにキレイに活けるだけでは物足りないんだよね。あえて切り取ってしまった花だからこそ、やさしさでごまかしちゃいけない。えげつなくてもいいからもっとエロチックに、自然に咲いてるより花『華』にしてあげなきゃいけない義務あるわけ。でなきゃ、野に残してきたほうがいいということになるでしょ」
 

ぽつぽつと、柔らかな口調で語る悠三さんの話は違和感なく心の中に入ってくる。大きな火鉢からトングで炭をつまみ、煙草に火をつけるゆったりとした仕草にも、独特のリズムが流れる。やっぱりこの雰囲気、心地好いな。
 

「なんだか遅くなっちゃって、ごめんね。また、ふらっと遊びにおいで」

「いえいえ、こちらこそ。忙しいところいろいろと話をしてくれてありがとう。また来るね、悠三さん」
 

お店を出たら、空が暗く、肌寒くなってきていた。
 店先には私の好きなクリスマスローズが沢山並んでいた。

 

 

 

 

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