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セツという場所

丸山伊太朗(tottoriカルマ店主) 
1999年~2009年在籍

第5話 さよなら。さよならセツ

2017年4月。セツがもう完全に閉まるという最後の卒業生展示を見に行った。
 「…最後?本当に? もうこれでホントに最後なのか…?」と実感が全く湧かないまま、懐かしい建物や馴染んだテラスの写真を撮りまくった。ついでに階段でグーンと足を上げて「セツ先生風」のモデルポーズを写真におさめてもらったりした。

…さよなら。さよならセツモードセミナー。色々…というか文字通り「目が眩むほど色とりどり」の美しい日々を、どうもありがとう。そしてセツ先生、先生方、セツで出会ったみんな。あの日々を、本当に。ありがとう。
 いっぱい、どうもありがとう!

あの時、心の中では大声で、セツにさよならは言ったけど。
 記憶の中のセツは今でもずうっと、キラキラとした光を放ち続けているのです。

セツモードセミナーに入った時、まず感じたのは「全くなんの圧力も感じない学校らしくない風通しの良さ、身体に馴染む居心地の良さ」だった。
 それはどうも「先生も生徒も、みんなが同じ方向を向いて一緒に学んでいる」という所から来ているようだったのだ。

だいたいセツ先生からして「ファッションイラスト」という分野を初めて開拓したようなすごい人なのに「生徒が使う色使いにビックリする。その色使い学びたい!と思っちゃう」とか発言するような人だったし。

まぁなんというか…セツの校内の空気はホントにとことん伸びやかだった。
しかし今でも、一生懸命頑張って描いた水彩画をサラーッと流し気味に講評された事なんかを覚えている。(悔しかった…)
 あと講評の時に先生が生徒に「どの絵が好き?」て聞いて、自分の絵が出されるのとかむちゃくちゃ嬉しかったな。

講評なんかでションボリ凹む事があっても(凹み過ぎてセツに来なくなる人だっていたのだ)、「さっきの絵、先生はああ言ってたけど好きです」って言ってくれる人が時々いたりした。

有難い。ヨロヨロ立ち直って、また水彩画を描く。水彩画の授業ではいつも、描き終わると教室の前のでっかい壁に沢山の作品が、わあーーっと、いろんな花が咲き誇るように貼られるのだが…それが。
 それはもう、同じものを描いたようにはとても思えない多様さで、眩しく美しく、絵は本当に輝いていた。すごかった。
 自分にはとても描けないような見方で描かれた、それぞれの美しさを、それぞれの確かに見た世界を表した、ラブレターのような、具現化した音楽のような作品達。

それはいつもいつも、水彩画を描くたびにある事だったけど…貼られた絵には毎回「わあーっ!!!」とドキドキして、無性に心踊ってしまっていた。
 ほんとうに、空気すらもキラキラと光っているような風景だった。

そんな光景を何度も見ているうちに、自分でも何かそんなキラキラするような事が起きる場所を作れないかな…!と思うようになった。
 だってそんな事が起きる場所って、いつも気に掛けて行ってみたくなるよね。

(つづく)

3 Comments | RSS

  1. 星信郎 より:

    丸山クン こんにちは。

    そうでした、Cアトリエの窓枠はブルーであったように思う、モデルたちはテナガ、アシナガ猿のようでした。丸山クンもその一人であった、モデルをしたあとで、丸山クンはにこにことカルマのチラシを皆んなに配ってた、まことにヘンな奴だった。
    でもしかし、そのヘンな丸山クンがセツの空気に直ぐなじめたのは、やはりセツ全体がヘンなところであったように思いますね。

    今回のこの絵も、とてもヘンな絵ですね。 確かな構図で空気感が伝わってきます。

     

    • 丸山伊太朗 より:

      星先生こんにちは!
      返信ありがとうございます。
      セツに関われたことで、ずいぶんと力づけられました。「自分はこれでいいんだ」変かもしれないけど、それを認め、そこからなにかが生まれくるんだと。セツに出会えたのは幸せでした。そして今があります。
      大袈裟ではなく人類のたいへんな時代にみんな遭遇しているわけですが、まだまだやりたいことやっていきましょうね!

  2. 山本 学 より:

    セツ先生、星先生、はつかわ先生にはお世話になったけどカルマにも人生をお世話になりました。楽しませていただきました。
    元カミさんさん、子供たちとナシゴレンを食べによく行ったもんだ。青島の黒ビール最高でした。どこで売っているのだろうか?
    あの時、あの場所、あの瞬間…丸山さんのライフスタイルに敬服いたします。

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