2

セツという場所

丸山伊太朗(tottoriカルマ店主)
1999年~2009年在籍

第4話 モデルとして通った日々


 新入生は最初の裸体デッサンだと、裸体モデルの私の全面45度ぐらいは誰も立とうとしない。(まあわかる)

その中で、セツ先生はササーッと周りを回って「このモデルはすごいスタイルいいよお~!顔は悪いけどね!」と余計な事なども素早く言いながら描き出す。(そうだった。「先生」が生徒に混ざって、「みんなで描く」のだ。)
 セツ先生は「先生」だったけど生徒に混じって、いつも一生懸命に描いていた。数えきれないほどのデッサンをしてきた事によって築かれた「自分の線」。素早い鉛筆の動き。でも大事な線はゆっくりと、そして息を詰めるように緊張感をもって描いていた。そして最後の仕上げの時によく聞こえた、鉛筆を打ち付けるような音。

描き終わって見せてもらったデッサンは随分すらりとした自分が、普段より堂々と誇らしげに立っていた。
 時々、「セツモードセミナーのモデルは“これぞカッコいいポーズ!”みたいなポーズをとって描くデッサンが多いから、グデ~ンとした変なポーズだったらどう描くんだろ?」とか変な挑戦をしてみたりしてた。そうすると何のことはない、セツ先生は自分で「描きたい!」「いいなぁ」と思ったものしか描かないからそんな時はさっさともう一つの部屋に行ってしまうのだった。残念。せっかくポーズとったのに…。
 そんなこんなモデル生活。何年やっただろう。10年以上?最高齢の裸体モデルだったのではないだろうか。

セツ先生の姿は、亡くなってからも「今だったらこの角度から、こんな立ち姿でそこに立ってるだろうなあ」と、本当に今立っているように目に浮かぶ事が、ポーズ中に何度もあった。

セツ先生が亡くなって、店をやりながらそしてモデルもやりながらある日、やっと生徒になった。
 生徒になったのは、ポーズをとる私に向かってみんながみんな熱心に、全力で鉛筆を走らせるその姿、その真剣さ、向こうからビリビリ伝わる緊張感、そんな事がすごく心に残っていたからだった。

セツモードセミナーに出会った事で、「絵に絶対の正解なんて無い。一心に、自分なりの絵を描くだけで、それを詰めていくしかないんだ。」と知る事が出来たし、絵について聞いたり話したり、凹んだ時に同じ立場で遮二無二、一緒に学ぶ事によって世代なんて越えた友達もできて自分の幅がずいぶん広がったと感じていた。
 生徒になってからはもう「のるかそるか」みたいなセツ展もあるし、1日中絵の事しか考えない位の密度で絵を描き続ける時期も続いた。素材を集め、人の絵を見に行き、とにかくとにかく描いた。時間を寄せ集めては描いた。眠くても体調崩していてもひたすら描いた。そしてずいぶん溜まってきた絵を見て欲しくなり大好きな新宿駅構内の「ベルク」というお店に頼み込んで個展を開いてもらったりしていた。(…今では全然描いてないので、たぶん「絵の女神」とかいるなら見放されてるかなぁ。当時の絵を見返すと、今は無い凄い熱量を感じる)
 お店もやってモデルもやって学生でもあり、絵もすごい量描いて、大変な日々だった。でも本当に楽しかったし、苦しい事もあったけど充実していて、ヒシヒシと血となり肉となる日々でもあった。

それからずいぶん時間は過ぎたけれども、まだ時々旅先などで出会った人に「わたし、昔マルヤマさん描いてましたよ」とか言われたりする。
 そんな時、あの猛烈に忙しかったけどすごく楽しかった時代の香りが、フワッと一瞬だけ戻ってくる気がする。

自分の人生にこれだけ色濃く影響を及ぼした場所って、セツモードセミナー以外にちょっと思い当たらないくらいのスゴイ濃度&密度の場所だった。
 あ。あともう1つの重要な影響。こないだ結婚したのも、セツがきっかけだったりします。奥さんが「セツ最後の1年間」の生徒だったのだ。もう足向けて寝られない。

(つづく)

2 Comments | RSS

  1. 星信郎 より:

    丸山クン この静かで不思議な情感せまる絵は、いつごろどこで描いたのでしようか? 明るい色彩がダイナミックでシンプルで、すこしコワさもあってイイね。

    三原君から、時々メールで「この絵、どう思う?」の送信がありましたが、もうそれも無くなってしまった。ホシ

  2. 丸山伊太朗 より:

    私も連絡が来て、え!としか出ませんでした。今も詳しい状況は伝わって来ないので毎日三原君のこと考えてしまいます。たまに電話がかかってきて、まったり話す声にこちらも飲み込まれてつい電話切るタイミングを逃してしまってました。でも、もうそれもないんですね。
    イャー、最近益々いい男になってきたなあ!と思っていたのに。

    この絵は確か小川君がモデルのデッサンを元に描きました。セツ先生が亡くなったあとのアート展(まだ、銀座で開催されてました)で選んでいただいたものです。

星信郎 へ返信する