雑誌「チルチンびと」61号掲載 人を生かし、風土を生かす家づくり 宮城編

東北の良材を育む山主、製材所、工務店の情熱リレー

色みが美しく、丈夫な材として知られる「南三陸杉」。その産地では、林業を取り巻く状況は厳しくとも、心から木を愛する生産者や地場製材所が奮闘する。そして近年、彼らの情熱に応える、頼もしい工務店との協働が始まった。
色みが美しく、丈夫な材として知られる「南三陸杉」。その産地では、林業を取り巻く状況は厳しくとも、心から木を愛する生産者や地場製材所が奮闘する。そして近年、彼らの情熱に応える、頼もしい工務店との協働が始まった。
前夜からの雨でしっとりと濡れた森林に、チェーンソーの音が響く。幹に歯が当てられると、豊潤な木の香りがたちまちあたりにたち込める。天高くまっすぐに伸びた杉の木は、やがてゆっくりと大地に倒れた。口を結んで伐木していた山主の西條栄福さんは、切り口を見て破顔一笑。「ね、いい色でしょう」。薄いピンク色の赤身を美しい白太が包んでいる。樹齢59年、胸高直径は約32センチ、樹高約25メートルの杉。ほぼ正円の目の詰まった年輪が、適切な手入れを受け、大切に育てられてきたことを物語る。
 宮城県本吉郡南三陸町。リアス式海岸を利用したカキなどの養殖で名高いこの地はまた、北上山地の南端に位置し、良質の杉の産地としても古くから知られている。その昔、伊達政宗公が、仙台城下に大橋をつくる際、この地に杉の大樹を求めたという故事も伝えられ、以後の藩政時代には台原(仙台市)、牡鹿(石巻市)と並んで、植林が奨励されてきた。
 南三陸町の山主有志からなる「山の会」(代表・P橋長晴さん)のメンバーである、佐藤久一郎さん、芳賀孝義さんらは、この地で採れる杉の特徴を次のように語る。「山が岩盤質で栄養が少ない分、あまり太らず高く伸び、ゆっくり生長するので、目が詰まっています」。同会が行った検査では、全国平均を上回る強度も確認された。「南三陸杉」は、美しい色みと強さを兼ね備えている。
 しかし、この地でも林業離れが進み、放置林が増加。1万2600ヘクタールの森林のうち、約半分が放置されているという。現在、杉の販売額は立米当たり1万円ほどで、小規模の山主では間伐しても採算が取れないことなどが理由だ。放置された山は土が固くなり、保水力が低下。大雨などで崩れやすくなる。同会では、山主に他の山主と連携して間伐をするようにすすめる活動も行う。南三陸杉は、木と山を心から愛するこうした人びとに支えられている。
 この地で約100年にわたって操業してきた丸平木材も、南三陸杉の魅力を伝えようと努めている企業

だ。社長の小野寺邦夫さんは、「山の会」のメンバーでもあり、「生産者の熱意を大切にし、なおかつ時代に合った付加価値を持つ製材を提供することが重要」と語る。同社は、構造材から羽柄材、内・外装材、造作材まであらゆる製材加工を行う、「一棟挽き」のできる製材所。風合いが揃った材を使えることは、家づくりの大きな利点となる。

地域材の循環をめざして

 こうした生産者と製材所に力強い援軍があらわれた。仙台市に本社を構えるタカコウハウスだ。地産の良材を探していた同社では、4年前から丸平木材との取引を始め、現在では使用するほぼすべての材を仕入れている。丸平木材の年間製材量約7000立米のうち、タカコウハウスの材は約1300立米。「うちぐらい木を使う工務店が2社、3社と増えていけば、南三陸杉のいい循環利用ができると思います」と、同社の若き社長・高橋順さんは語る。
同社では、施工した家に「山の会」のメンバーを招いたことがある。山主の方々にその時の感想を尋ねると、「心を込めて育てた木が、丸平さんで新しい命を吹き込まれ、タカコウさんでまた命を吹き込まれる。本当に感動したよ」「タカコウさんがいれば、南三陸の林業もまだ大丈夫かな(笑)」と、口々に喜びを表現してくれた。P橋社長は、「当社の大工には、『良材はこうした方々の努力で育てられたものだから、感謝して家づくりをしよう』と伝えています」と話す。生産者、製材所、そして工務店の強固な信頼関係が築かれ始めた。南三陸杉を支える人びとの環の拡がりを期待してやまない。

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