古事記にも登場する女神・木花咲耶姫(このはなさくやひめ)の「さくや」が語源とも言われ、古くから親しまれてきた桜。その種類は固有種・交雑種合わせて600余りもあるとされていますが、今回取り上げますのは霞桜です。
 

霞桜から枝や皮を煮出して抽出した赤味の綺麗な桜色は、朝焼けの空の色を思い出させてくれます。しかしその桜色は一年中いつでも染められるわけではありません。色を取り出すことができる時期は、花が開花する前の、ほんのわずかな時期に限られます。開花して花がその生涯を終えた後の枝や皮からはこの色を出せないのです。色を通して命の繋がりを見て取ることができます。また、煮出しているときに辺り一帯を覆う桜の甘い香りが心地良く、桜酔いしてしまうこともしばしばです。
 

「この花の様に咲く姫」の生命を和紙に宿す。私の植物染めはここから始まりました。職人になって始めて自分で染め上げた色、この朝焼けのような桜色への酔いは醒めることなく、植物染めの原動力となって、私を動かし続けています。
 

田中雄士/紙工房 泉

「植物図鑑」のはじまり

わたしたちは、植物の色に魅せられ、紙、糸、布などを染めている二つの工房です。植物で染めるということ。そこにある大切なこと、見過ごしてきたことをていねいに拾い上げていくために、染料となる植物の図鑑をつくりたい。見て頂いた方とのコミュニケーションをとりながら、新しい発見もしながら、制作を進めていきたい。そんな思いから立ち上げたプロジェクトです。
■監修:新潟県立植物園 倉重祐二

プロフィール

星名康弘
星名康弘(ほしなやすひろ)/植物染め 浜五新潟県十日町市生。
文化財建造物の修復の仕事を経て、染色の道に進む。 新潟市の海辺の集落に工房を構え、暮らしの品々を植物で染めている。
田中雄士
田中雄士(たなかたけし)/紙工房 泉紙漉き職人。
福井県越前市での修業の後、故郷・新潟県弥彦村に工房を開く。素材のもつ個性を大切に、一枚一枚丁寧な紙つくりを行なっている