雑誌「チルチンびと」78号掲載 京都大原の山里に暮らし始めて

住まいと人びとの輪…… 大きな家族

もう一人の家族であるヤモリ君。家に住みつく害虫を 食べてくれるので「家守」と言われている。  今回は、僕の家族のことについて 少し書いてみよう。僕もベニシアも、 初めての結婚ではなく、二度目である。 ベニシアには前夫との間に娘が二人、 息子が一人、そして二人の孫がいる。 そして僕との間には悠仁がいる。  一昨年大学に入った悠仁は別居す るようになり、もうすぐ次女のジュ リーと孫の浄がここに引っ越してく ることになった。  14年前、ジュリーは浄の出産後に 突然、統合失調症を発症した。浄の 父親は、出産日までに戻ると約束し ていたのに所在不明が続き、ジュリ ーは不安な日々のうちに出産。発症 原因の中には、妊娠中の大きなスト レスがあるという。その後、彼は現 れたが、結婚することなく母国のイ スラエルに戻った。ベニシアはジュリ ーと一緒に暮らしたい想いだが、8年前、ジュリーと一度同居したときに、 僕は家を出た経緯がある。  精神疾患を持つ人とその家族は、 世の偏見の目を気にして病気を隠そ うとするのが一般的なようだが、ベ ニシアはそうしていない。患者やそ の家族たちと一緒に、治療に関する 情報などを分かち合いたいと考えて いるからだ。日本の医療や行政は、 その方面に関して、欧米諸国に一歩 先を譲っているようだ。だんだんと 僕もジュリーの病気を理解しようと 考えるようになり、近頃ようやく同 居を受け入れることにしたのだ。  僕たち家族は、多くの人びとに支 えられて生活している。いつも楽し く仕事や家事をやりたいので、ベニ シアは誰かと一緒にしたいという。 もしも手伝ってくれる人がいないと、 仕事も日常生活もなかなかスムーズ に回らない現実もある。   前田敏子さん(72歳)は、ジュリ ーが小学校低学年の頃から今年で27年もの間、家事やベニシアの英会話 学校を手伝いに、京都の岩倉から通 っている。かつては、日本の習慣な どあまり知らなかったベニシアに、 「トイレと台所の雑巾は、別々に分け て使うように!」など細かなことを ひとつずつ教えてくれた人だ。「ベニ シアの日本の母」だと僕は思っている。 水彩画を描くことが好きで、大原に 咲く野の花などを摘んで、絵にする ことが楽しみだそうだ。  造園家のバキこと椿つばき野の 晋平さん(35歳)は、前号で紹介した庭園設 計士マーク・ピーター・キーンが大 学で教えた環境デザイン学科の生徒 だった。学生の頃から、我が家の庭 仕事に来ていたが、卒業後は京都と 滋賀・坂本の造園会社で約5年間修 業して独立した。以前は僕が自宅の 樹木の剪定をやっていたのに、バキ がベニシアのお気に入りになってから は、僕の日曜植木屋は廃業してしま った。今は、大原からひと山越えた 琵琶湖側にある伊香立に築250年 の古民家を見つけて、奥さんと二人 でコツコツと手を入れて、田舎暮ら しを楽しんでいる。  最後に、我が家のガーデニングを 手伝ってくれる、ノリちゃんこと辻典子さんについて。 彼女が幼い頃から僕はノリちゃんを知っている。大 原にある金比羅山という岩山へ35年 前から岩登りに通っていた僕は、山 麓にある酒屋の幼い看板娘を覚えて いる。大原朝市で野花を売っていた ノリちゃんにベニシアが声をかけたの は約10年前。ベニシアが催していた ティパーティーのスタッフをお願いす ることにした。テーブルセッティング のために花を活けてもらったら、あ まりに上手なのでびっくり。聞けば 日本フラワーデザイナー協会講師の 資格を持っているという。それ以来、 我が家の花とハーブの手入れは、ノ リちゃんに頼むようになった。いま はほかの仕事もやっているが、将来 的には花の仕事で生きていきたいそ うだ。  僕にとって、ベニシアや悠仁、ジ ュリーや浄だけが家族ではなく、こ この暮らしに関わってくれる前田さ んやバキやノリちゃんも「大きな家 族」の一員だと思っている。

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