私が初めてセツの抽選に応募したのは22歳の時でした。
中学生の頃にペーター佐藤さんの絵を好きになったのがきっかけです。ペーターさんがセツ出身と知り憧れるようになりました。
短大卒業後、一度は実家に戻りましたが、やはりセツに行きたいという思いがふつふつと湧いてきて、東京にいる友人の家に泊まってまでセツの抽選を受けにきました。
絶対に受かると思っていたにもかかわらず、抽選は見事に落ちてしまいました。
その後そのまま上京し、アルバイトをしながら抽選を受けましたが、4回連続で不合格となりセツに行くことを諦めてしまいました。
それから5~6年経った頃でしょうか、またセツに通いたくなり抽選を受けました。自分のくじ運の悪さは十分自覚していたので、今回は東京にいるにもかかわらず抽選を学校に委ねることにしました。
結果5回目にしてやっと合格、念願だったセツの夜間部に入学することができました。この時の嬉しさといったらありませんでしたが、後になって5回目の抽選からは優先的に合格させてくれることになっていたと聞かされた時には、さすがに呆然としました(笑)。
やっと入れたセツでの生活でが、私は絵を描くことに真剣になりすぎ余裕がなく、入学したその年にセツ先生に謝らせてしまうということをしてしまいました。そんなことをさせてしまったのは前代未聞、私だけではないでしょうか。ある日の授業でセツ先生が私を見て、「お前、絵の上手そうな顔をしてる」と仰いました。
私は絵ではなく顔を見て言われたことに複雑な気持ちになりました。それが表情に出ていたのでしょう、授業の後セツ先生が来て、「さっき言ったことは冗談だからね」と優しく言ってくださいました。
私はセツ先生に褒めてもらえたのに素直に喜ぶことができませんでした。今となっては何と恐れ多いことか。また、セツ先生とお話できるチャンスだったのにと悔やまれてなりません。
セツを卒業してもう何年も経ちますが、曙橋に行く機会があると、今でもついセツに足が向いてしまいます。
急な坂を登った先にはコーヒーの香りやセツ先生の笑い声が聞こえる気がします。
味のあるイラスト、人柄が垣間見えるエッセイ、楽しく拝見しました。
入学までの経緯を知って「とにかく絵が好き!」という情熱がひしひしと伝わってきました。
これからも思いのままに描かれた作品を楽しみにしています。
いつも応援してくださり ありがとうございます。とても嬉しく励みになります。
これからも楽しく描いていこうと思いますので よろしくお願いします。
クジ運のよくなかった鈴木裕子さんへ。
1998年ごろ、それはたいへんな時期でしたね、後から思いばお笑いぐさでしようが。最初の1回目で当たり! と言う人もいたから確かに人生不公平だ。 でもしかし、もっと大事なことは同期に入った仲間がどんな人達であったかではないでしようか。
セツ先生は時々わけのわからんことを言う、絵の上手そうな顔なんてあるだろうか? でもそれはね、やはり絵を褒めたのではないかな。
この度のセツ先生肖像線画もたいへん上手いと思います。、、、但し、口元の縦じわがちょっとかわいそう。それを言う僕もセツ先生の年齢を越してしまいました。
星先生、コメントありがとうございます。
セツ先生の年齢をこえてしまったんですね、でもお元気そうで嬉しいです。
セツ先生の口元のシワ、多かったでしょうかね、、自分でも少し描きすぎかなと思っていたので、指摘されてやっぱりと思うのと同時にちょっと笑ってしまいました。
星先生の仰るとおり、入学してどんな仲間と出会えたかということを考えると、友達にもめぐまれ充実した日々を送れたので、私にとっていいタイミングで入学できたのではないかと思っています。
でもクジ運って年齢を重ねてもよくならないみたいです。
今も行きたいイベントの抽選に3回連続で外れています、、(笑)