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セツチン

峰岸達(イラストレーター、MJイラストレーションズ主宰)
1965年~在籍

都電を高樹町で下りて、ちょっとした小道をちょっと歩いた突き当りのお寺、長谷寺(ちょうこくじ)の境内に、巾はそこそこあるけど、こじんまりした木造2階建ての建物、そう、山の分教場みたいな建物があり、そこの2階がセツ・モードセミナーの教室だった。ちなみに1階は、幼稚園とバレエ教室だった。

願書を持って初めて訪れた時、ぼくは軽いめまいを起こし倒れそうになった(オーバー)。なに、これ、天下の青山なのに山の分教場みたいな建物は・・・これがあのセツ・モードセミナー・・・いいんだろうか・・・。ま、とにかく気を取り直し、入り口から狭い階段を上っていった。突き当りが職員室というか事務室というか、そういう部屋だった。その手前の右がトイレでドアにセツチンと書かれていた。今の教養のない若いやつらは知らないだろうが、昔、我が日本ではトイレのことをせっちん(雪隠)と言ったの。せっちんとセツチン!うまい!座布団1枚!その職員室というか事務室というかその部屋の左に山の分教場の教室をちょっとだけ広くしたくらいの教室が1つあった。
  でも、まあ、山の分教場みたいでもなんでも、セツ・モードセミナーに入りたかったんだし、無試験だし、とにかく入学したのであった。

入学式というか初日、みんなの前に長沢節先生が颯爽と登場! 雑誌その他で嘗て知ったる本物の長沢節だ!まいったな、何がまいったんだか。とっても細いズボンをはいて、女言葉混じりの明るい調子で話す一言一句が、ユニークで、面白くて、含蓄に富んでいて、 ほんとにまいった、まいった! こんな先生に会ったことがない、こんな大人を見た事がない。ぼくはそれまで先生嫌いの大人嫌いだったが、この人なら信用出来る、ついて行けると思った。と、言いつつ今となっては、その時どんな事を話されたのか、まったく覚えてないんだけど。とにかく、衝撃的な出会いで、この学校に入ってほんとに良かった、とつくづく思うのだった。建物が山の分教場みたいなのは、どうでもよくなったと言うか、むしろ親しみやすく好ましく思えてきた。

と、セツに入った日の事までを書いただけで、紙幅がつきてしまったので、この続きは次回に。

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  1. 星信郎 より:

    峰岸達くん ついにお出ましだね。 僕は1960年入学だから、、、ボクが先輩。
    山の文教場、まさに寺子屋でしたね、上級生も下級生も研究生も混ぜごぜになって、何をするにもあの一室で。ぼくと小泉センセイはセツチンのお掃除をよくやってましたよ、、、当時はまだ汲み取りでしたから、臭い臭い! そこでは皆さんオシャレで、オイワさん、浜野ヤスヒロくん、金子功くん、荒牧くん、結城ちほさん(のちに樹木希林)永井健司さん。嶋津瑛子さんたちと一緒でした。 川村都さんもそのころだったと思います。
    そうしているうちに峰岸達くん、柳生弦一郎くん、池田和弘くんたちが、どっと入ってきてからのセツは一層はなやいだ。

  2. 北住ユキ より:

    峰岸先生が長沢先生に初めてあったときの印象が私と一緒で、何故かとても嬉しい気持ちです♪

  3. 平岡淳子 より:

    峰岸先生のお声が、すぐそこで聞こえてくるようです。
    あぁ・・・もっと読みたいとおもっていたら、次につづくのですね、たのしみです。
    振り返ると、懐かしさがあふれてくる人生、いいですねぇ。
    山の分教場みたいな建物、もぅそれだけで物語がみえてきます。
    やんちゃな峰岸先生も、なぜかわたしにはみえる・・・ふふっ。

  4. 高山尚紀 より:

    見たことのないセツの風景が、なんだか見えてくるようです。
    建物は立派ではないけど、そこに集まる人々の活気。若さのハングリー。生意気な鼻っ柱の上をいく先達。引き込まれる迫力。いいですなあ。
    「この続きは次回に」と書いたからには、責任取ってもらわないと!

  5. 峰岸達 より:

    峰岸先生より。
    パソコンの具合がわるいのか?理由はわからないのですが、
    コメントができないそうです。代筆・平岡淳子

  6. えいいち より:

    峰岸先生の、セツ入学時のセツ先生に出会っての驚愕と、ここからイラストレーター峰岸達の人生が本格的に始まるんだな!というワクワク感が伝わってくる文書で、なぜかこちらもワクワクそわそわしてきました。あらためてセツ先生を通して、人がなによりも大事、その次に環境や場でもあるのかな、と素朴に思いました。ありがとうございます。次も楽しみにしております‼︎

  7. えいいち より:

    追記失礼致します。
    文書→文章
    私は、峰岸達先生が主宰するMJイラストレーションズ10期生の、えいいちと申します。失礼致しました。

  8. 峰岸達 より:

    コメント入れられるようになりました!

    星先生、北住さん、平岡さん、高山さん、えいいちくん、コメントありがとうございます!
    嬉しく思います。
    あの後、セツとは長~い付き合いが続きますので、この後、2回はバランスを考慮して書きたいと思います。

    で、星先生はぼくが入った時、すでに先生だったんです。すごく早く先生になったんですね。絵、上手かったですもんね。
    お寺の境内でやってたんだから、まさに寺子屋ですね~。

    それにしても、星先生、先輩たちの名前の表記がテキトー過ぎ!

  9. 星信郎 より:

    も一度コメントです。前のコメントで大きな間違いしてしまってごめんなさい。
    お名前のところ正しくは、浜野安宏くん、荒牧太郎くん、悠木千帆さん、島津瑛子さん、岩崎トヨコさんです。
    いよいよ翁にもボケの到来、失礼致しました。

  10. 小牧真子 より:

    峰岸先生の青春の1ページを読み始めたような第1話。
    セツ先生との衝撃的な出会いが新鮮です!
    この続きが早く読みたくなりました…セツチンは初めて伺った言葉です。
    私が入学願書を取りに行った時、セツ先生がロビーにいらしてその姿を遠くから見たのが最後でした。
    お会いできなくなってしまったセツ先生に、峰岸先生のセツ物語の中でお会いしているような感じがしてきます。

    MJイラストレーションズ7期 小牧真子

  11. 大野博美 より:

    MJイラストレーションズに通っていた頃、時々峰岸先生が雑談でしてくれるセツ・モードセミナーと長沢節先生の思い出話がたのしみでした。当時のセツ先生、まだおなじみのキャップとサングラス姿じゃなかったんですね。「セツチン」は初耳でした。
    続き、たのしみにしています。

  12. 田口実千代 より:

    私の知らない時代のセツと節先生ですが、峰岸先生が節先生に感じた思いが、自分もそっくり一緒で、なんだか懐かしく又嬉しくなりました。

  13. 久保田寛子 より:

    セツチンと書かれた節先生の筆跡の文字も思い浮かびました。懐かしさにぐっときました!続きも楽しみにしています。

  14. 宮内カナ より:

    入学までで。これだけの完成された文章になるとは!
    峰岸先生の、未来へのワクワクする気持ちがすごく伝わってきます。
    長沢節先生との出会いの感動も!尊敬できる、魅力的な大人に出会えることって、人生の宝物のようなものですよね。
    セツモードセミナーって、お寺の境内にあったんですね。そして分教場検索してみたら…こんな感じの場所が、峰岸先生の限定だったのかー、と感慨深かったです。

  15. いっしん より:

    峰岸先生のお話を読んで、セツでのセッチン掃除を思い出しました(セッチンとは書いてませんでしたが)。朝から掃除係をして授業料の免除を受けて朝から晩までデッサンをしていました。セツ先生にはお会いできませんでしたが、トイレは水洗だったので匂いはなくて良かったです。楽しみです。

  16. 森 菜穂子 より:

    懐かしい峰岸先生が、懐かしむ昔のセツのお話し。暖かくほっこりしつつも、ちょっと気が引き締まるような、、、、。
    複雑なワクワク感で、続編たのしみにしています。

  17. 峰岸 達 より:

    小牧さん、大野さん、田口さん、久保田さん、宮内さん、いっしんくん、コメントありがとう!
    で、森さん、すげー久しぶり、元気にしてる?絵描いてる?
    ところで、雪隠(せっちん)を調べたら「せついん」とも読むんだって。で、星先生、「せついん」と言ったら「セツイン」ですね!
    こんなこと知ってるのは。このセツ物語の執筆メンバーでは穂積先生、星先生、おイワ(岩崎トヨコ先輩)とぼくくらいですね。
    今から50年前前後、、もう山の分教場を出て舟町に移ってから2、3度だけだったと思うけど「セツイン」という外部の人も招く
    結構大々的なパーティーをやりましたね。
    1度だけですけど、ぼくは着物の女装でゲイバーのママになり、ショージくん、ジュン坊、スナオがやっぱり女装のホステスという、
    今思うと若気の至り、赤面の至りなことをしましたね。
    ホステスをやったその3人は、どうしたものかみんなぼくより年下なのに死んじゃいましたよ、やですね、淋しいですね。
    セツチン、セツインいろいろありましたね。

  18. 星信郎 より:

    ちょっと諄いがもう一丁! 昔の話、永六輔さんが「長澤節さんの便所にはセツチンと書いてある」と何かに書いてましたよ。

    セツインというパーティー、かつての美男が美女に化けてのゲイバーは大人気で、石津謙介さんがミネギシママに本気でお店をひらけと口説いてたという逸話もあったが? みち外さなくてよかった。 そうだね、あの時の面々、消えてしまったね、淋しいことだ。

    10個ちがいの老残の友より。

  19. 峰岸 より:

    へー、永六輔、分教場に来たことがあったんだ。何しにきたんだろ?
    それから、ぼくは美男じゃありません。スナオが化粧したらホントにキレイになっちゃって、負けた・・・と思いました。
    えーっ、石津謙介さんが、そんなことを・・・。ぼくには全然記憶がないんだけど・・・。星先生、何か勘違いしてるんじゃない。
    石津謙介と言えば当時ぼくらIVY青年にとってはとんでもない偉い人、VANの社長ですよ。
    そんな人からそんなことを言われれば、忘れるわけないし。誰かがいいかげんなデマを飛ばしたんですよ。
    ぼくが覚えているのは、当時、破竹の勢いだった横尾忠則さんも来ていて、ぼくがグラスに入れた水を横尾さんのテーブルに置こうとした際、
    緊張していたのか手元が狂い横尾さんのズボンの上に水をまけちゃったんです。
    ぼくはもう平誤り、横尾さんはほとんど無表情でした。 

  20. 峰岸 達 より:

    最後の1行、平謝りを平誤りと間違えて書いてしまいました。

  21. 松本沙希 より:

    情景が浮かぶようで、先生の感じ方も書き方もとっても面白い!
    そんな校舎にすごい人たちがいっぱい。不思議な感じですね

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