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水彩画の授業②

浅妻 健司(イラストレーター・デザイナー)
1995年~2000年在籍

絵を描く時間が終わると、合評だ。二つのフロアに分かれていた生徒が、全員下のフロアに集まる。人数が多いので、2回か3回にわけて合評をする。まずは各自で絵を見る。遠くから見る人、間近まで寄って見る人。しばらくすると、指名された何人かの生徒が、僕はこの絵が好きです、私はこの絵が好きですというような具合に、自分がいいと思う作品を3点ずつ発表する。

その後は先生の講評。午前部はセツ先生か星信郎先生が講評してくださることが多かった。先生は目に付いた作品について、いい点だけでなく、悪い点も批評を加えていく。作品の出来が良ければ「A」の評価をくれる。セツで絵の評価は、写実的に描けたかどうかでの上手い下手ではなく、構図が出来ているかを評価していたんだと、僕は思っている。いつだかセツ先生の合評で、ある絵の部分をさして、ここはA、ここもA、ここもA。でも全体はC! なんて評価になることもあった。

また、いいか悪いに関わらず、何も触れられない作品なんかも出てくる。それを黙殺と言っていた。いつだかセツ先生が「褒められたり、好きといわれた作品は、もちろん何かしら魅力がある。でも嫌いとか、よくない、というのもまたある種の魅力なんだ」というようなことを、伝えた上で、「黙殺されるのは一番良くないからねー」「黙殺された人は、次、頑張りなさーい」とおっしゃっていた。僕は飽きっぽくて、一つの絵をじっくりと描くことができない性分だったこともあり、一回の授業で3~5枚くらい描く、数撃ちゃ当たる作戦をとっていた。それもあって、黙殺されることはあまりなかったが、時にそうなるとやっぱり凹んだ。でも自分の絵を好きな作品に選んでもらえたり、A評価をもらえるのが嬉しくて、ドンドコ絵を描いた。ただひたすら楽しかった。
 

1件のコメント | RSS

  1. 内川瞳 より:

    楽しそうな授業の様子が伝わってきますね〜批評会の時の事、何となく思い出します。

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