消しゴム

ボクは消しゴム。
とはいえ、ただの消しゴムではない。
DON工房のBossこと大野正博さんの創作活動に欠かせない、選ばれし消しゴムなのだ。

クリエイターは道具にこだわる。
Bossの場合、シャーペンは2㎜芯で黒は2B。3Bも試したが、ボクたちの身体とBossの指が汚れるのを気にして2Bになったようだ。
ときには赤や青も使うが、2㎜芯には選ぶほどの種類はないらしい。
赤芯は僕たち消しゴムがいくら頑張ってもなかなか消えてくれない。疲れるんだ。
青芯はステッドラーのもので苦労もなしにすぐ消える。
ふだんは真っ黒けのボクたちだから、たまに赤や青に出会うとうれしくなる。なぜって、その時ばかりは熱帯魚のようにカラフルに変身できるんだもん。だから密かに、Bossが赤や青のシャーペンを手に取るのを心待ちにしてるんだ。

あるときBossはいろいろな消しゴムを買い込んできて片っ端からテストした。
固すぎる、やわらかすぎる、すぐ割れる等々ほとんどが不合格。
とくにこだわったのは消しカスだ。よくまとまるのが良いらしい。
いくらまとまるからといって、いつまでもボクたちの身体にこびりついてもらっても困る。まとまった消しカスがペーパーや机にベタッとくっついてもその後が大変だ。
そうやって選抜されて最後に残ったのがボクたちなのさ。光栄の限りだ。

Bossが消しゴムにこだわる理由がやっと分かった。
ペーパーに手描きの創作活動をよく見ると、薄く引かれたたくさんの線のなかからボーッと浮きでてくるイメージに合った形を選び出して濃いめの線を上乗せしたり、思いも寄らぬ形の現れに気づいて、それを赤や青でうっすらと浮かび上がらせたりしている。それらをさらに明確な形に仕立て上げようとするとき、待ってましたとばかりにボクたちが登場して選ばれた線や形を引き立てるために余計な部分を取り除いてゆく。これがボクたち消しゴムの役割だ。活躍の後には真っ白なペーパーの地が輝くばかりに現れる。
ボクたちの役割は〝消し〟ゴムとは名ばかりの、黒でもなく、赤でも青でもなく、じつは最終的な形を決めるための〝白〟を描く道具なのだということがこれではっきりした。
彫刻家は、塊のなかに潜むモノを邪魔している部分を取り除こうとノミを振るう。Bossにとっての消しゴムは彫刻家の〝ノミ〟だったのだ。

Bossが熱中してくると、シャーペンたちもボクたちもよく床に落とされる。
シャーペンは落ちた衝撃ですぐに芯が折れるが、消えた芯の先を机の下に潜って探すBossの姿は、どこか滑稽で見ていてたのしい。
こすられて丸まったボクたち消しゴムは跳ねて転んで、トランポリンをやってる気分。それを探すBossを横目にボクたちは、見つからないようにして隠れんぼを楽しんでいる。
いじめっ子みたいだけど、身体全体がゴムなのだからしょうがないのサ。
Bossが口ずさむ〝およげ!たいやきくん〟を何度も聞いているうちに替え歌ができた。
題して〝転がれ!消しゴム君〟

♫ 毎日まいにち ボクらはペーパーの
上でこすられ イヤになっちゃうヨ
ある朝 ボクは DONのBossと
けんかして 床に 落っこちたのサ

♫ 初めて転がる床の上
とっても気持ちが良いもんだ
お腹のゴムが重いけど
床は広いぜ 心がはずむ!
三毛猫サンゴが手を振って
転がるボクを眺めていたヨ

♫ どんなに どんなに もがいても
黒い汚れは そのまんま
それを見ていたDONのBoss
ボクをつまんで眺めていたヨ!

♫ やっぱり ボクは 消しゴムさ
どうせ汚れた 消しゴムさ
Bossは やさしく さすってサ
ボクを真っ白に してくれた

Fin

 

 

消しゴム