わいわいビル

東京のど真ん中の駅前の小さな土地に小さなビルを設計した。築35年になる。敷地面積13.5坪、こんなところにビルが建つのかと思うほど狭い敷地だった。壁式構造のおかげで、小さなスペースをコンクリートの柱に邪魔されることもなく梁もない。この構造方式の階数制限を目いっぱい活用して最大の面積を確保してある。

まだ建ってもいない、ビルとは呼べないほどの小さな建物にどうしても入りたいテナントとして現れたのが、とある信用金庫だった。
いきさつは忘れたが、ビルのオーナーの代理としてテナント料の価格交渉をしに、たった一人でその信用金庫の本部に行くことになった。
まだ30代半ばの若造は大いに緊張しつつ、テナント料はどのくらいかという先方の問いに対して、まずは「工事費の全額をだしてもらいたい」という回答をした。しかも前金で。
とんでもないことを言ってしまったと思いつつも、小さくても駅前の一等地だしオーナーには金がないのだから仕方がない、交渉決裂なら別のテナントが来るのを待つしかないという心境だった。
ところが・・あっさり「結構です」と言われて、ほっとしつつも拍子抜けした記憶がある。月々のテナント料や権利金は、先方が相場に合わせてすでの計算してあり、支払方法もその場で提案された。すべて計算済だったのだ。
条件としてその信用金庫にオーナーの口座を設けてもらう。そこにまとまった金を前もって振り込んでくれるというものだった。条件どころか、こんなありがたい話はない。交渉も緊張も必要なかった。いま思えばオーナーと信用金庫とのあいだで大筋の話がついていたのだろう、そうに違いない。そうでなければこんなにも上手くいくはずがない。

・・その晩、ひとり静かに乾杯!!

工事費と設計料は新しい口座から支払われた。

先方はよっぽどこの場所が欲しかったのだろう。そういえば駅前に堂々と大看板を掲げたいのだとも言っていた。
あまりにも上手く事が運んだので、建物に〝わいわいビル〟と命名し、ファサードにYの字を二つ重ねて彫り込んでやった。

Yの字は、良かったよかったのYだったのかも知れない・・・

 

Yビル:外観

 

撮影:岡本茂男