中庭のない家

雑誌の取材に建て主が応えていた。「中庭が出来ると思っていたのに、ないんです中庭が」。そばで聞いていたぼくはビックリしてつい口を挟んだ。「良い景色があるから、この家に中庭なんて必要ないんです!」。
どうやらこの建て主は、DON工房はかならず中庭を設計に採り込むものと思いこんでいたらしい。設計段階の打合せではそんなこと、ひと言もなかった。ほんとうは中庭が欲しかったのだけれど・・・もしかして遠慮してた?。

中庭というものは、住宅密集地などで、とりあえず囲って周囲からの視線をさけるとか、どちらを向いても景色がないから、無理してでも中庭を作り出して身近にちいさな景色をつくり、住まいに中庭を同居させようといった欲求から生まれるものだ。
そもそもこの敷地は、片方が急勾配の巾広の道路と、緩い勾配でこちらも巾広の道路とに二方を接した角地。落ちついた雰囲気はあまりなく、敷地自体もさほど広くない。カーポートとの関係もふくめて、中庭ををつくるには相当な無理をする必要がある。
幸いなことに、地域全体の地形が南斜面となっているため、陽当たりが良いばかりでなく、はるか遠くにまで展望が開け、かつ一段下がった南側隣家からの視線もまったくない。この立地条件なら、無理して中庭をつくることもないということだ。

南側の景色を楽しむには高い視線が必要なため、リビングはとうぜん二階となる。
生活の中心が二階となれば、そこにデッキも欲しくなる。デッキに立てば、周辺の家屋の屋根を見越してワイドスクリーンのようなパノラマが広がり、「天空の家」のごとき気分に浸れる。
広々とした茶の間の一角は、床に座って足を下ろせるようにした、キッチンダイニング方式を採り入れている。こうすることで視線が下がり、デッキの向こうの空はさらに拡がる。

工事中に建て主から、ぼくがいつも仕掛けている「池」を二階につくって欲しいという要望が持ちあがった。これまで、二階のデッキに池をつくったことはなかったが、天空のビオトープも面白かろうと、挑戦した。
建て主さんに「軽くて深い、池にできる入れ物」を探してもらったら、がんばって魚屋さんだかで見つけてきてくれた。デッキの下はすぐ屋根。池がデッキから浮き上がってしまったが、なんとかビオトープの「元」にはなった。今は姫スイレンの周りで、メダカがすいすい泳いでいる。
ひろがる景色の手前にもう一つ、ちいさな景色が現れた。

 

港南区:茶の間