切妻

地球温暖化で石器時代からの洞窟での生活に耐えられなくなった人間はついに外に出た。その結果、新しい生活環境として洞窟にかわる何らかのシェルターが必要となった。
まずは屋根ありき。建築の発生だ。建築は単なる物体ではなく、空間を得てはじめて建築となる。屋根によって「屋内」が生じて建築空間ができた。今風にいえばインテリアだ。壁や柱がなくてもインテリアはインテリア。必要は発明の母。地球温暖化が建築を発明したのだ。
雨を防ぐ三角屋根だけでは内部はせまくるしい。洞窟のほうがまだましだ。人はがまんできても家畜はそうもいかない。家畜のためでもなかろうが、屋根を柱で持ち上げることで、人も家畜も立ったり座ったりも出来るようになり、空間に自由度が増した。
東屋や鐘楼は吹きさらしの方がメリットがあるから壁はない。が、たとえ牛小屋でああろうとも必要なところには壁が欲しい。

まず屋根。次に柱。そして壁。そういう順番で建築は成立してきた。床の発生はずっと後のこと。馬のように立ったまま眠ることができれば話は別だが、横になって眠る人間はその必要性からベッドや床を発明して今日にいたっている。
インテリアしかなかった洞窟では土壁に絵を描き、重苦しいだけの空間を少しでも楽しむ糧を見いだした。(大野説)。外にでて建築をつくりはじめると、洞窟にはなかった「外観」を楽しみたくなる。はじめは屋根、そして壁。徐々に装飾され、さらに複雑化していった。このことからも、装飾願望は動物だけのものではないということがよくわかる(・・人も動物でした)。

原初の屋根は「切妻」しかなかった。もっとも簡易な屋根の掛け方であることがその理由だろう。そのせいか、切妻の外観はシンプルこの上ない。
シンプル=簡素という意味では、切妻屋根はまさに「素の美」である。装飾を省き、禁欲的ともいえるすぐれた形である。
「素」は凜とした緊張感と清潔感を併せもつ。素に加えてシンメトリー特有の感性をゆさぶる存在感。それらが合わさって切妻屋根のもつ、独特の「品位」が生まれるのだろう。

写真の建物は別荘。背景と空のあいだに切れ味のいいスカイラインが欲しかった。建物と地面の境がそれに負けないよう、濡れ縁などで味付けをほどこしている。

切妻

撮影:相原 功