水道橋の東口から神保町に向かって右手を歩くと喫茶店「
この店が人気だったのは、タバコを自由に吸えることにあったと思う。よく、ドラマのロケに使われていた。話の中で、昭和の雰囲気が必要だったのだろう。一見して、ここは純喫茶という名にふさわしいようにみえた。夏には早くから、「氷」という赤い字ののれんがさがっていた。そののれんは、めくれて裏返しになっていることが多かった。もう、少し汚れてしまったメニューに、氷イチゴやチーズサンド、カレーライスといった文字が読めた。コーヒーは400円だった。
以前、店の前の交差点で信号待ちをしていたら、声をかける男の人がいた。「お分かりにならないでしょうが、中でコーヒーを淹れている者です」と、挨拶された。
昨年末から店がとじたままだな、と思っていたら、あっという間に取り壊されてしまった。純喫茶というのは、昭和の象徴だろう。タバコの火が消えるように、こうしてまた、昭和は一つ遠くなっていくのである。