しゃくなげ

しゃくなげ

 

  古道具担当は、仕入れてきたものを店番の私にあまり見せない。正しく理解しないと思っているのかもしれないし、自分の頭の中で一人で味わいたいのかもしれない。でも、たまに自慢する。「これ、ええやろ、経筒みたいで」。錆の出た緑色の四角いブリキ缶を見せられた。またこの手の…そして経筒…?私のイメージする経筒は、丸い銅製で緑青が葺いている瀟洒なものです。言われてしばらくはどうなのか?と思って見ていたが、何かうっちゃれない感はある。手に取ると、胴に小さな紙のラベルが貼ってある。経年で変色しているが、流麗なインク文字で“しゃくなげ”とある。

  経筒は言い過ぎかと思うが、この缶の素朴で端正な佇まいは好ましい、錆々だけど。でも、何で気になるのだろう?  サイズ感かな? 外寸83×83×182mm、大きすぎず、小さくもなく。一部塗料がはがれ、けっこうな錆の具合と、書かれたラベル文字の丁寧さのギャップか?慎重に開けてみると中は空だが、ほんのりとよい香りがする。何気なく蓋を戻したら、しっくりはまらない。「同じ歳のとり方をしてるところに合わさんとあかんで」と言われて、経年具合を見比べながら閉め直すと、蓋はすっと納まった。

  美しい文字のラベルを作り、しっかりと缶に貼り付ける。そんな場面を想像すると、持ち主は細やかな気遣いのある人だったのだろうか。何処からかやって来た缶の微妙な存在感は、かつての場の気配をまだまとっているようでもある。

  数日後、美しい文字を真似て書いてみる。線の入り、跳ね、留め、次の文字に続く流れ、払い。書の心得もなく形を見てそのまま真似るだけだが、背筋を正される思いがする。

  “しゃくなげ”をネットで検索すると、染料や香料に使うことがあるとのこと。この缶の中にあったものは、草木染に使ったのかもしれない。でも葉は有毒ともある。自分ではこんなに美しい文字をさらりと書けないが、美しい文字を書きたいという気持ちは心に留めておきたいなと思う。いわゆる美しさとはちょっと違う味わいの字になってしまうとしても。