アトリエひこのカタチ

障がいのある人の作品を初めて美術館で見たのは、1993年の世田谷美術館だった(「パラレル・ヴィジョン 20世紀美術のアウトサイダー・アート」展)。国内外の美術作家、今では有名なヘンリー・ダーガー、京都のみずのき寮の作品などが並んでいた。ダーガーの物語世界には入れなかったが、色彩が美しくインパクトのある作品が多い。いろんな場所で強い作品を描き続けている人たちがいるのだと、印象に残った。

大阪に来てからは、施設の展示を見る機会が増えた。古道具担当は、以前彫刻の勉強で迷っていた時に、知的障がいのある人の作品と古道具に大きな衝撃を受けたのだそうだ。京都で出会った村田寅夫さん(滋賀・一麦寮)の作品(「アール・ブリュット『生の芸術』その発見と未来」展)や、弘法さんに並んでいた中国の俑や仏像、人形などを見て回りながら、彫刻とは何かを考えていたという。

2010年、大阪市の天音堂ギャラリーで、アトリエひこ(大阪市平野区にある知的障がいを持つ人たちの造形スペース)の「わたしの肖像」展を見た。アトリエひこのメンバー、大江正彦さんは、古道具担当が通っていた彫刻家・山本恪二氏のアトリエにも通っていたのだそうだ。その後も作品を見せてもらったりして、私は週1回アトリエに手伝いに行くようになる。

ある時、アトリエの作品と古道具を一緒に並べる展示をすることになった。作品を選ぶのは、古道具担当。アトリエに泊まり込んで、ほぼ全ての作品を繰り返し見た結果、明るいがスッと抜けたようなところのある作品を多く選んだ。

いつもメンバーに寄り添っているスタッフの石崎さんは、経験上、しんどい状況の時に最も強くて美しい作品が生まれてくる、ということを実感していた。そのことを改めて聞いたうえで、古道具担当は展示作品を絞り込んでいった。

道具は、作品に合わせて選んだ。こだわって集めたコレクションを人前に出すのは初めてで、畳の上に道具を沢山並べて、何日も考え込んでいた。

案内状も作らなければならない。企画展の説明をちゃんとしようと、古道具担当のテキストを載せることになった。長くて熱い原稿が出てきたので、読みやすくしようと、店番の直しは難航した。あまりに長いので案内状にならないと思ったが、デザイン事務所SKKYさんの素晴らしい技量で、A4両面を三つ折りにしてシールで封をするという、斬新な案内状が出来上がった。

4000字を超えたテキストを奇特にも読んでくださった方は、強い思いが伝わったとの感想を伝えてくれた。一方、どうしても途中で進まなくなった…という方も。案内状を今見ると、既に“淡日”と書かれている。もう名前があったんだ… 当時は慌ただしくて、名付けたことは全く覚えていない。

展示数は多かった。作品43点+α、古道具80点近くと、物量たっぷりの「そこここ 遊通してひとつ」展は、2013年に東京・西荻窪のギャラリーブリキ星で始まった。

知的障がいのある人の作品と古道具を、同時空間に展示する、このような取り合わせは、まだあまりなかったのではないかと思う。新鮮という声が、道具の業者さんと美術関係の両方からあった。滞在時間も長かった。何度も足を運んでファイルを熱心に見入る方、念入りに吟味して作品を選んだ方。アールブリュットが元々好きという道具屋さんも。お客さんと作品との距離も親密に感じられたし、こちらの説明も熱が入っていたと思う。ギャラリーは温かさに包まれていた。店番としては、作品の存在感に希望を感じた、密度あるよい展示だったと思うが、古道具担当は、作品と道具の関係性をうまく提示できたか、見る人にそれがちゃんと届いたかというと、力不足の点も多かったのでは、とのことだった。

この展示の後、彦根に転居してからは、共に活動できる機会は減ってしまったが、アトリエの大切さを感じる人達と、本を作ろうと一時期話し合いを重ねた。その中で石崎さんは、「文化人類学者は、海外の文化だけでなく、この人たちのことも研究して欲しい」と言っていた。言葉によらない感覚でコミュニケーションをとる人たち。アトリエから出てくる作品には、心に響く美しいものが詰まっていると思うし、中世からの日本文化の美意識みたいなものが底流に流れているようにも、私には感じられる。アトリエが都に近い大阪という場で日々を営んでいることも、作品の背景にあるのではないか。

今、アトリエメンバーに触発された若い人たちが、アトリエの隣の古い長屋を改装しながら展示をしている。自分たちの在り方を、アトリエメンバーと共に試そうとしている姿を、私たちも一緒に見ていきたいと思う。

「えびすさん」 2011年 15×22.5cm 和紙に木炭

 「えびすさん」2011年 15×22.5cm 和紙に木炭

 

*「UPPALACE 暇と創造たちの宮殿」
会 期:2023/1/6(金)~1/29(日)11時~18時
定休日:月・木曜日
場 所:アトリエひこ、となりの三軒長屋
入場料:無料