ノルウェーの景色

暑くてたまらない。今まで生きてきて、一番寒かったのは、いつ&どこだろうと考え始めた。

寒くて困ったのは、たしか七年くらい前六月に訪れた能登島。突然雨が降り出して、いつもは暑がりで別人種だなと思っている夫も寒い寒いと困っていたから、よく覚えている。民宿から見た、雨の向こうのよどんだ海。夕食は元漁師のご主人が船を出して取ってきてくださり、奥さんが料理してくださったご馳走だった。食べきれなくて悔しかった。楽しい旅行だったけれども、寒かったこととなんとなく寂しかったことも併せて思い出す。

それから、十五年前くらい夏に訪れたノルウェー。二週間、友人と家族との車旅行。オスロからベルゲンなどいろんなところを案内してもらった。途中、たしかヴィトゲンシュタインが暮らしたフィヨルドの近く、北欧神話に登場しそうな山の中で、ものすごく寒くなった。寒くて寒くて、男物のセーターを借りてやっとホッとした瞬間、おぼえている。

この時、私たちを案内してくれたノルウェーの人は、私が生まれて初めて出会った芸術家。私が幼かったころ、うちの近所に住んでいて、陶芸作家だった。記憶の中で、彼が作った蛇窯(だったかな?)はものすごく長く、その中で燃え盛っていた薪の炎はものすごく大きい。ただ広いコンクリート打ちっぱなしの仕事場。暗い部屋にほのかに明かりが灯った食卓。窯から次々と出される焼き締めのうつわ、、、

本格的な陶芸を日本で学び、志していたその人は、私がものごころ付く頃には日本を去り故郷に帰った。ノルウェーでは彼はもう小さなうつわは焼かない。建築作品の外壁を飾るタイルを焼き、大きな彫刻作品を作っている。

彼の若い頃の作品、つまり私が小さい頃から馴染んでいる彼の急須や花瓶は、いまも変わらず毎日私たちの食卓を飾っている。我が家に来る人はみなそのうつわを褒めてくれる。しかし実はそれは不思議なことだ。父母いわく、彼は売れなくて売れなくて絶望の中で日本を去ったのだ。はやすぎたのかな?彼のうつわを褒められるたびに、小さいときの記憶とともに、私は複雑な気分になる。

ノルウェーといえば・・・チャペックの1930年代の旅行記の挿絵のことも思い出した。チャペックってやっぱりすごいんだな・・・などなどと思いを巡らしていたそんな時、一人出版社共和国の下平尾さんから吉報が。昨年目録IIからお求めいただいたチャペックの『独裁者のブーツ』の翻訳が出るらしい。ヨゼフ・チャペック独自のイラストを眺めていると、彼の不幸な最期を思って泣けてくる一冊。風刺画稀少本の最高峰だ。とても嬉しい。