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小さな自信

草野 かおる(イラストレーター)
1977年~1979年在籍

サラリーマンでぎゅうぎゅうの地下鉄を降り、階段をかけ上がると、夕暮れの街。
 蔦のからまった建物、「セツ」の灯りが迎えてくれる。

自分を変えたい、 イラストレーターになりたい、 セツの夜間部の扉を叩いた。

ロビーから見上げると、デッサンそのもののマネキンが見えた、オシャレな生徒達も景色のひとつ。

壁に貼ってある小さな紙は「注意書き」。
 独特の文字から、セツ先生直筆だとすぐわかる。
 「缶ジュースや缶コーヒーは、下品だから持ち込み禁止」
 セツ先生のコラムの切り抜きも、壁に貼ってある。
 同じ映画をみても、感想が全然違う。自分の目が節穴に見える瞬間。

私は昼間、小さな会社で働いていた。
 タバコが煙るおじさん達がいる営業部の、お茶くみ兼電話番。
 その生活が、すすけた現実の世界だとすれば、
 「セツ」は私にとって、パステルカラーの夢の見る場所だった。
 セツ先生はその世界の主人であり王様。

セツ先生は、存在感とオーラがハンパなくで、遠くから眺める存在。
 声かけられると、ドギマギして、トンチンカンな返事しかできなかった。

欧州スケッチ旅行に行きたくて、上司に掛け合った。
 上司は賛成してくれたけど、最終的に社長がダメ出し。
 怒りや絶望より、世間って結局、こんなもんだと、妙に納得した。
 自由でオシャレで、好きな事を仕事にする世界に行きたい、と思った。
 根拠はないけど、行ける気がしてた。

私は 在学中、 Aはめったにもらったことない。正確には1回だけかも。
 四畳半のアパートに、大きな組み立て式の机を買って、パステルや絵の具を使って描いた。
 毎日描いた。その一枚がA。まぐれのAかもしれないけど、A!。
 「やれば出来るじゃん!」
 下手でセンスもないけど、Aがとれた。
 それまで根拠の無い自信だったけど、頑張ればやれるという「根拠のある自信」になった。
 今も、ダサくて下手なのは変わらないけど、小さな自信はずっと、続いている。

セツ先生、ありがとうございました。

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