萩と月と菓子

萩(ハギ)といえば、「秋の七草」だけれど、実は草ではなく落葉低木。日当たりの良い山野に生え、控えめな赤紫の花がこぼれるように咲き、風に揺れる様は風趣がある。万葉集に一番多く登場する植物は、梅や桜より圧倒的に萩が多いのだとか。イメージとしては秋だけれど、この辺りでは意外と6月の終わりくらいから咲き始める。

一番よく見かけるのがヤマハギ。小さな丸い葉っぱが茂った枝について野趣ある風景に目を惹かれる。毎年この季節を迎えると娘たちの誕生日を思い出す。今年は首都圏からの帰省もままならない状況なので菓子を贈ろうと思い立つ。

長女と次女が生まれたのはアメリカ東海岸、フィラデルフィアの郊外。長女の名前は英語でも日本語でも通じるものを思案。姓の萩野に合わせて遠く離れた日本の美しい自然を思い浮かべて、「はな」と名付けた。今回はふやき煎餅にアンティークの萩の花の焼印を押した。

次女は満月にの日に生まれたので「つき」。産後近所のお友達が遊びに来てくれると当時人気だったシリアルバーがラテン語で月を意味するLUNA BARという名前でを配ったりしていた。

そして日本の義母からは航空便で菓匠三全の仙台銘菓・萩の月が沢山送られてきたのも懐かしい思い出。

萩の月

今では国民的菓子の一つになって、似たようなカスタード饅頭があちこちに。自家栽培の白小豆を生地とクリームに入れて「のがしバージョン」で作ってみる。

葉っぱの尖ったミヤギノハギや地面を這うネコハギ、萩の仲間ではないけれど同じ豆科のコマツナギなど似たような植物がある。

集めて束ねるとちょっと楽しいブーケになった。「萩と月と和菓子」なんともしっくりくる組み合わせと楽しくなる。そんなことを思いながら調べものをしていた時に、『福を招く お守り菓子』の著者の溝口政子さんから萩に係る「月見饅頭」なるものがあることを教えていただく。

最初、秋のお月見にお供えするお団子のことかと思ったら、公家社会の通過儀礼で、女の子の元服に当たるような行事だという。風変わりなのは、紅の点をつけたお饅頭にお箸で穴を開けて月をのぞいて見るのだと言う。虎屋の菓子資料室、虎屋文庫のホームページをご紹介いただいた。

虎屋が納めた月見饅の話が書かれている。『万延元年(1860)6月16日には「御月見御用」と記されているものがあります。月見といっても6月ですから中秋の名月を愛でるわけではありません。当時宮中や公家で行われていた現代の成人式のような儀式で、饅頭の中心に萩の箸で穴をあけ、そこから月を見るという不思議な風習です。』

松平春嶽と月見饅頭…

文中には『今夜御所で16歳になられた明治天皇が月見をするという話を聞きます。それは天皇が饅頭に穴を開けて月を見ている最中に、着物の袖が切り落とされるというものでした。(中略)袖を切るというのは、振袖の丈を詰めて成人用の袖丈にする「袖留(そでとめ)」のことを指すと思われます』とある。

昔は社会で一人前の大人として認められるために、危険な苦行を乗り越えたり、子供時代と一線を画す名前や身なりに変えた。覚悟して大人への一歩を踏み出し、周囲もまた一人の人間として扱う通過儀礼が各地にあったと言う。20才で迎える現代のお祭り騒ぎのような成人式に比べると感慨深いものがある。150年余りの天皇家の話と比べる由もないけれど、饅頭の穴から月明かりを見た姫はどんな心地がしただろう。今年の夏に18才となる次女は、この夏から就職活動を始めて自分の道を拓いていくところ。なんとなく重ねて、ふと窓の外に目をやると萩の青い青葉から古い細い枝がツンツン突き出していた。萩という植物を調べると古い株からも新芽を出す生態(生え木:はえぎ)が由来とも言われている。

庭に降りて近くで見ると、なるほど細くて硬い枝は、天皇の白い指に似合いそうな箸ができそうだ。時期的にも梅雨に入る前に刈っておくのが良さそうなので、束ねて干す。ちょうど次の満月の頃に次女が帰る用事があるというので、月見饅頭を用意することにした。

よく乾燥した枝先を削って箸にする。細かい皺のような樹皮と淡いベージュ色が端正だ。瓢箪の皿の下の箸は、集落の神饌に添えたと言われるものの復元でサルトリイバラの蔓で作ったもの。

虎屋のホームページに出てくる月見饅は直径7寸(21cm)でかなり大きいものだが、今回は後で食べたいので普通の薯蕷饅頭2個分の大きさ。月の光が通りやすい様に腰高でなく平たい形に餡を包み、えくぼ饅頭の様に紅を挿した。

次女が帰り、日の入りの頃になる。「お箸で突き刺すなんて」と、少し躊躇しながら穴を空ける。

月が昇り、静かな森の中に青い光が葉隠れすると、何やら呪術的な感じが漂う。「見えた!見えた!」とTシャツで気軽な月見になったけれど、後から「浴衣でも着ればよかったね」などと話す令和時代の次女の月見饅頭。

「こんなご時世だけれど、見通しのある未来を掴んで生きてゆけます様に」と隣で願い事をする。「人生の節目に親ができることなんて大したことはないな。」と実感しながら、怖いもの見たさで私も覗かせてもらう。

ちなみに次女の生まれたアメリカでは7月の満月を先住民の農事暦では「バックムーン(Buck Moon/男鹿月)」と呼ぶらしい。オスの鹿(バック)の象徴である角(つの)が、7月頃になると生え変わる時期にあたることが由来。東西どちらの月の女神が彼女に微笑んでくれるのかは謎に包まれている。

その他に夏の水羊羹に青大豆の蜜漬けを萩の葉に見立てて作った菓子「青萩」。