旧暦の青柏餅

爽やかな五月晴れに、鯉のぼり。といえば粽に柏餅。子供の成長を祝うものだが清々しくて、大人になっても大好きな葉包みの菓子。でも能登に来てからなんだかしっくりこない。というのも本来自然から得たであろう葉っぱがこの時期、餅や団子などを包むほど大きく育っていないのだ。

集落の人が、「風呂に入るとき菖蒲の葉を子供の頭に巻くんやよ。」と裏庭から刈って蓬と束ねたものを持ってきてくれた。湯船に浮かべると爽やかな草の匂いがした。白山の知人から習ったチマキもチマキ笹や結ぶカサスゲの葉が出揃うのは6月初め。旧暦の端午の節句の頃なのだ。

「暦の違い」の他にもしっくりこない訳がある。都会育ちの私は子供の頃はこどもの日の菓子などお店で買うものであった。けれども元来農村では田植えが終わったことを労ったり、子供のお祝いの餅や赤飯など家庭で作ったものだった。だからそれらを作るのも食べるのも季節とともにあらざるを得なかった。わざわざ葉っぱを干したり、塩漬けにするといった保存の手間をかけるより、裏山や田んぼの周りに生えているものを使っただろう。ところが今では家々で節句の菓子は愚か餅や餡子もたかなくなった。お菓子屋さんにとっては商品を売る訳なので、季節より先取り、他の店より先駆けて作る方が売れるというものだ。そこで効率の悪い生葉より、大きさも揃い保存の効き手間のかからない葉っぱを仕入れる。

「聞書き ふるさとの家庭料理 まんじゅう おやき おはぎ」農文協編 奥村彪生氏によれば「五月の端午の節句の供物のちまきに柏餅が加わるのは江戸末期のこと。梅雨時の気温が上がって蒸し暑くなる季節に、食べものにカビが生えたり、腐敗するのを防ぐために香気が高い草木の葉で食べ物を包み、保存性を高めた。餡入りの団子を柏の葉で包んだものは江戸で生まれた。団子を包む「炊ぐ葉」は関東以北は柏の葉が多く、西日本はさんきらい(サルトリイバラ)の葉を使う土地が多い。」とある。昔、神戸育ちの実父が「柏餅を包む葉は柏ではなくいばらの葉。」というのをおかしいなと思ったが納得した。石川県ではどちらの文化圏なのかわからないけれど、今や端午の節句に柏餅は全国的に食べられていると思う。

業務用の柏の葉について調べてみると、そのほとんどが中国や韓国産で乾燥したものや塩漬けされたものが輸入されている。前年に採ったものを戻したり、茹でたりして使うのでくすんだ緑や茶色になる。日本中の菓子屋さんが端午の節句に使う柏の葉を生葉を使うのは、ものすごい量で現実的ではないかもしれないけれど、伝統行事の和菓子材料を外国産に頼らなければならい現状もちょっと寂しい。とはいえ普通の人は柏餅を食べる時に、桜餅のように葉自体を食べることはないのでそこまで気になることはないと思う。でもフィルムでできた桜の葉っぱを見ると哀しくなる。

色々なお店の柏餅の宣伝に「柏の木の葉は新芽が出るまで古い葉が落ちないという特性から家系が絶えない子孫繁栄と結びつけられ縁起の良い食べ物とされています。」と謳われていた。でもそのような謂れで用いるのならばこそ新しい葉で団子を包み子供たちに食べさせてやりたい。そしてその土地に自生する柏の葉だったらもっと素敵だ。

そこで柏の木が自生しているとろを探してみたくなった。カシワはブナ目ブナ科の落葉中高木、痩せ地でも生育し、海岸で群落になっていることもあるらしい。そういえば以前輪島の外浦の海岸線にある展望台の近くで、うちの周辺では見慣れないオーク系の葉を見たことがあった。山桜咲く頃、車で30分ほどの西保海岸展望台ゾウゾウ鼻を訪れた。
 

断崖絶壁の下に岩に砕ける日本海が見える。覗き込むだけで背筋がゾッとするような岩場にへばりつくように木々が生えていた。新緑の芽吹きのある木の隣に、節くれだって太い枝に、大粒の新芽をつけた枯れ木があった。

よくみると少し赤茶色の枯れ葉が残っている。足元を見ると柏の落ち葉がたくさん落ちていた。秋の初めに落ちたのなら風に飛ばされて、無くなっているはずなので、比較的最近まで木についていたのかもしれない。折れた枝と落ち葉を数枚拾ってきた。


海風の厳しい環境で、鱗片に包まれ毛むくじゃらの新芽は、若葉を守るためにあるのだと思う。この中に柏餅の葉っぱが格納されているのだと思うと自然の力強さと不思議さに驚かされる。


拾った落ち葉は新芽が出る頃まで、ついていたのであれば、木の上で乾燥させていたようなもの。市販の乾燥葉は茹でて戻すようなので試してみる。銅鍋に重曹を少し入れた湯に入れてみると赤茶色の明るい色味になり艶も出た。

それならばと、上新粉をこねて蒸して搗いた団子生地で餡を包んで蒸してみる。


珠洲市にも柏の群落がある自然道があるというので友人と出かけて見た。やはり絶壁に海に向かって張り出して生えている柏の木に出会えた。

大きな柏の木の下でコーヒーを入れて去年の赤い葉の柏餅を楽しんだ。


柏の木には毛羽立った帽子をかぶったどんぐりが付く。周辺にも無数に落ちているけれど、不思議と実生で芽を出しているカシワはなかった。落ちているどんぐりもほとんどが虫に喰われたのか、朽ちたのか中身は粉々だった。

いつか庭の柏の木の青い葉で柏餅をこしらえる日を夢見て、苗を購入した。ちょうど端午の節句頃に届いたので庭に定植することにした。


すると早速、マイマイガの幼虫が食べたり、オトシブミの仲間が来て葉っぱを丸め始めた。この分だと売っているような完璧に姿形がそろった柏餅などなかなかできそうにない。

兎にも角にもこれから柏餅を食べるときはきっと、清涼感のある香りと一緒に、断崖にじっと佇み冬を越し、大きな芽から青々と葉を広げる柏の木を思い出すのだと思う。