第28回 かわいい九谷 vol.4

北陸を旅する際にその起点となるのは、やはり金沢。九谷焼・川合孝知さんの工房を訪ねる際には必ずこの町に寄るし、越前焼の産地(福井)へ足を延ばす際にもこの町を経由します。
今回は、数回にわたる訪問の際に立ち寄った、素敵なお店のことを。しばし旅の道草にお付き合いください。

桂珈琲店

僕はコーヒーが好きなので、どこに行っても美味しそうなコーヒー店を見つけるとつい入ってしまうのですが、金沢で印象に残っているのは、兼六園下にある桂珈琲店。
こちらのご店主、見るからに頑固おやじなのだけれど、意外と話し好き。愛用している焙煎機について、戦後のコーヒー業界について、今欲しい民藝のカップについて……、次から次へと出てくる話の面白いこと面白いこと。
そして、肝心のコーヒーですが……、本当に美味。あんなにバランスよく、すぅっと体の中に入ってゆくようなコーヒーをいただいたのははじめてかも。旅の途中、身も心も満たされるひとときになりました。

純喫茶ローレンス

また、かつて金沢に住んでいた小説家・五木寛之さんゆかりのお店、繁華街・香林坊にある純喫茶ローレンス(なんと創業50年超!)に寄ったこともありました。
五木さんはよくここで執筆していたそうで、直木賞受賞(1967年)の知らせはこのお店の黒電話で受けたというエピソードが残っています。昨年訪ねたときも黒電話は現役で使われていました。ママ(たぶん二代目)曰く、電話会社からは変えるように言われているけれど、そのままにしているのだとか。

純喫茶ローレンス

朽ちたようなモダンなビルの3階。昭和レトロなんて言うとあまりに陳腐な表現になってしまうかもしれませんが、しっとりとした不思議な空気が漂うローレンス。若干ブロカント感のある店内装飾は、時空を超えて迷い込んだ迷宮のようでとても素敵です。
絵を描いているらしいアーティスト気質のママとの会話もはずみ、濃密な時間を過ごすことができました。

ハントンライス

前に越前(福井)編で、北陸には謎の洋食文化があるようだ、と書いたことを覚えているでしょうか?
金沢で僕が気になっていたのは、市内の複数の洋食店で供されているハントンライスなるご当地メニュー。
簡単に言うと、オムライスに白身魚のフライを乗せてケチャップとタルタルソースをかけた料理。僕はこれを老舗の洋食店・グリルオーツカでいただいたのですが、はじめて食べるのに懐かしいお味。昭和という時代の幸福な空気を思い出し、ぺろりと平らげてしまいました。

金沢

金沢は、北陸新幹線が開通してから、訪れるたびに町がこぎれいに整っていくような印象。
加賀百万石の文化遺産とシックでモダンな街並み。古いものと新しいものが美しく調和している金沢ですが、その間を結ぶ時代……昭和の生活の断片もどこかに残っていてほしいもの。それが旅人の勝手な希望であることは承知しているけれど、上でお話ししたようなお店は、やはり貴重な存在だと思います。
九谷焼からはじめた話が随分と脱線してしまいましたが、今回は、心おきなく旅できていた日々のことを愛おしみつつ、金沢でのちょっとしたこぼれ話を集めてみました。