第36回 有田と染付 vol.3

コロナ禍で旅をすることもままならなくなりましたが、やはり旅先の出会いは大事。
「産地」と呼ばれる工芸の集積地を旅すると、東京で見ることができる工芸は、地方で制作される多彩な手仕事のごく一部に過ぎない、ということがわかります。

第36回  有田と染付 vol.3

たとえば、数年前に佐賀県の陶郷・有田を訪れたときには、素敵な染付を制作する工房に出会いました。
染付というのは、前回お話しした通り、磁土で作った器体に呉須絵具で絵付けし、焼成させることで描画を青く発色させる技法。朝鮮半島出身の陶工たちによって17世紀に九州肥前地区(佐賀県と長崎県)で始められ、その後400年に渡って愛され続けてきた器の一大ジャンルです。
いまは肥前地区以外でも制作されている染付ですが、その発祥と言える有田にはやはり、よい作り手が揃っているように思います。

第36回  有田と染付 vol.3

ただ、ひとくちに染付といっても、器体の造形、絵付けの雰囲気、青の発色の塩梅など、作り手によってそれぞれの個性が出るもの。
こればかりは個人の好みの問題なので、どれが正解ということもないわけですが、僕の場合、精緻な美術工芸的な染付よりは、17世紀に制作された初期伊万里と呼ばれる素朴で気取りのない染付に心惹かれてしまいます。

第36回  有田と染付 vol.3

有田で出会った工房禅は、最初に訪ねたときは横田勝郎さんの個人工房でしたが、現在は息子の翔太郎さんが作り手として加わり、上で述べたような初期伊万里の風合いを活かした器を制作しています。
こちらの工房の裏手には17世紀に稼働していた禅門谷窯の址があるそうなので、400年の時を超えて、同じ地で染付が作られているということ。有田という産地の濃密な制作環境には驚きをおぼえます。
土には泉山陶石、釉薬には白川山土を—。町内産の原材料を使った工房禅の作品からは、名もなき過去の工人たちへの畏敬の念が感じられますし、初期伊万里のモノづくり=有田焼の原点を大事にしたいという矜持がひしひしと伝わってきます。

第36回  有田と染付 vol.3

器屋を開いていて思うのは、ここ数年、器を愛する人たちの意識がずいぶんと変わってきたなあ、ということ。
前回も話しましたが、昭和の頃にはその便利さから重宝された染付ですが、令和の現在は、それとはまた異なる愛で方をされているのかな、という印象。古い時代の陶磁器に対する造詣が深い器好きが増え、美意識がアップデートされているように感じるのです。
工房禅のシンプルであたたかな風合いの染付は、そんな「時代の気分」を反映しつつも、伝統と普遍性をそなえたスタンダードな器だと言えそう。日々の食事で使うたびに、そんな想いを強くしてしまいます。