庭が語る生きる知恵-四季をたずねて-

庭が語る生きる知恵-四季をたずねて-

庭が語る生きる知恵
-四季をたずねて-

咲き乱れるバラに瑞々しい新緑、
赤く染まった紅葉に大きくふくらんだ蕾—。
東京の町中にある上利智子さんの庭からは、四季を通して草花の息づかいが感じられる。
肌で感じる生命との向き合い方、「森がお手本」の庭づくりとは。

写真=五十嵐秀幸 文=内田珠己

「春」

一つずつ、少しずつ花は咲いていく。
だから毎日見ていても飽きない。

蛇行した石敷きのアプローチに沿って、チューリップやラナンキュラスなど色鮮やかな花が咲き揃う。上利さんの庭には原種を含め、アンジェラ、ヒマラヤンムスクなど6種類ほどのバラが毎年花を咲かせる。シダのような葉が青空に映えるジャカランタの木。

虫がのそのそ動き出し、
鳥のさえずりが大きくなる頃は、
そわそわ胸が躍る。

朗らかな陽気が続く春はかわるがわる花が咲いていく。「毎年同じようには咲かない」から面白い。花のいい香りに誘われて、虫や鳥も上利さんの庭を訪れる。夏ミカンの果実は鳥たちにもおすそ分け。野イチゴや野草も気の向くままに地を這う。

草花に触れることで、
自分も自然の一部だと感じることができる。

花やハーブは室内に吊るしてドライフラワーに。フローリストの友人にリースにしてもらう。山椒の実をすり潰し、手づくり味噌と和えてつくる山椒味噌は、ごはんのお供にぴったり。木漏れ日のデッキで愛犬とたわむれる時間が至福のひととき。

 

「夏」

生い茂る緑の青いにおい、
抜ける風の心地よさは疲れた体へのごちそう。

新緑は目をうるおし、通り抜ける爽やかな風が頰をなでる。パーゴラのブドウは夏の強い日差しを和らげてくれる。ブドウの実で酵母をおこし、自家製酵母パンづくりも。

自然のゆらぎを感じ、身を任せると、
体がゆるんで五感が開く。

色とりどりの夏野菜はこの上なく瑞々しく、日々食卓を彩ってくれる。花も実も終わると乾燥させて種をとり、時季を見て蒔く。この庭で生命が循環している。菜園の脇にある井戸は現役。

森の生き物は誰からもなにも与えられない。
だけどあんなに生き生きしている。

小ぶりな実をつける紅梅。食用向きの種類ではないが、収穫して毎年梅干しや梅ジャムをつくっている。毎朝落ちた梅を拾うのは「宝探しのよう」。すっきりと冷たいミントティーは涼やかさをいっそう高めてくれる。

もともと強い植物なんていない。
その土地に、土に順応して
だんだん強くなる。

ブドウやムベ、ホップの蔓がパーゴラに絡まり、青々と茂った緑が天然のカーテンに。ビオトープではメダカやオタマジャクシが仲よく水中を漂う。

 

「秋」

種が風に飛ばされて、自然と芽を出し、育ってる。
うちには”野良”がたくさんいる。

日が落ちるのもすっかり早くなり、肌寒さが増す。ススキが風に揺れ、木々の鮮やかな緑がだんだんと赤く染まる頃、コスモスの赤やピンクが一段と目をひく。

肥料をあげると虫は余計に寄ってくる。
我慢して待ち続けると、たくましい子が育つ。

モミジは黄色、オレンジ、赤と、ゆっくりと色を重ねていく。月夜にはお団子をつくってお月見を。季節の行事をきちんと行うのも、四季の移ろいを感じるため。柿は皮を乾燥させて冬のたくあんづくりに備えておく。

 

「冬」

長年木を眺めていると気づく。
葉が落ちて芽が出るのではなく、
芽が葉を落とすのだと。

冬は家しごとの季節。夏ミカンのマーマレードづくりはお母さまも一緒に。自然な酸味や苦味がほどよい。大きく育った大根はたくあんに。乾燥させた柿や夏ミカンの皮を混ぜることで味に深みが増す。

寒い間に糖分をたくわえている葉物野菜は、
この時期がいちばん甘くて美味しい。

一大イベントは7年連続で行っている味噌づくり。知人が集まり、蒸した大豆をひたすら皆ですり潰す。食や自然環境についての知識を深める機会にも。やわらかい日差しは寒い冬のごほうび。愛犬も庭の日向にまどろむ。福寿草は一つずつ花が開いていく。

花、実、香り、枝。
梅の木は1年を通して愉しませてくれる。

ビオトープも凍るほどの寒さのなか、草花や木々と同様、人間も静かに春の訪れを待つ。梅はいち早く花開き、ほのかな香りで人びとを浮き立たせる。花の蕾はいつの間にか大きく膨らんでいる。栄養たっぷりの土に育まれ、これからもたくさんの花が咲き、実りがあることだろう。

 

バラについたアブラムシをついばむスズメ。それを見つけ、「春先になってヒヨドリが来なくなったと思ったら、今度はスズメ。花や野菜が穴だらけになってしまうこともありますが、大歓迎なんですよ」と、嬉しそうな上利智子さん。自由に地を這う野草たちが、足元で揺れている。

都内のとある住宅地。その一角にひときわ緑溢れる家がある。上利さんが8年かけて育んできた草花や樹木がすくすくと生長し、町並みを彩っている。シンボルツリーとなっている常緑樹の夏ミカンの木は、1年中うるおいを与えてくれる。

そんな上利さんの庭を初めて訪れたのは、ジリジリと太陽が照りつける真夏のある日。青々と茂る緑をかき分けるようにして、上利さんが笑顔で出迎えてくれた。四季を通して数え切れないほどの草花や野菜が息づくこの庭を、一年近くにわたって取材することになる最初の日だった。

花と土と草と虫と

溢れんばかりの緑に、白や青の爽やかな花、瑞々しい夏野菜。涼しくなってくるとコスモスが咲きだし、ススキが風になびく。ぐっと気温が下がると木々の葉は落ち、ビオトープの水が凍ることも。カエルが冬ごもりをする頃、葉物野菜は甘みを蓄える。膨らんだ蕾が開き始める時期は、庭が徐々に華やかさを増す。

長期間この庭に通って気づいたこと。それは、上利さんが庭と完全に対等の立場で向き合っているということだ。植物を「育てる」というよりは、「ともに生きる」感覚に近い。自然を暮らしに取り入れるのではなく、〝暮らしを自然に近づける〞。庭の木々や花をはじめ、どこからともなく生えてくる草、花や野菜に齧りつく鳥や虫など、すべてを受け入れている。自らは「自然の一部であって、自然に生かされている」と、上利さん。

農薬や化学肥料も使わない。それは、彼らが自力で生きていけることを知っているから。常に植物たちの声を聞きながら、居心地のいい場所を探す。草花が好む場所を見つける手助けをするのが、上利さんの役割なのだ。菜園は「3分の1を収穫としていただき、3分の1は虫たちに、残りは土に還す」ようなイメージで考えている。

森がお手本

現代人の暮らしは果たして自然な姿なのか? 上利さんはいつの頃からか、そんな疑問を抱いてきた。そして、「森の環境を取り入れることが、健やかな暮らしを取り戻すことにつながるのでは」と考えるように。「森の生き物は誰かから何かを与えられているわけでもないのに、あんなに生き生きしてることに気づいた」と、上利さんは語る。

現代の生活からは、〝森〞というのはあまりに遠い存在かもしれない。しかしながら、自然の摂理を知り、シンプルな森の命の循環から学ぶことは多いのではないか。上利さんは言う。「現代人は化学物質に囲まれ、それらから逃れることはできない。でも、どこかおかしい、変えなきゃいけないって、みんな少しずつ気づき始めてる」。

上利さんがこのように考えるようになったのは、代表を務める工務店「天音堂リフォームラボ」での経験が大きい。天音堂では自然素材を使い、自然と共生する循環型の家づくりを行っている。豊かな緑に包まれたこの家は、同社のオープンハウスでもあるのだ。

会社を立ち上げて13年。「思いだけでは伝わらない」ことがわかった。だからこそ、この家と庭が必要だという上利さん。「昔は当たり前にあった、自然とともにある暮らしを取り戻したい。ここで自然の大きな力に触れ、空気を感じてもらうのが、いちばん伝わると思うんです」。

植栽図

 

チルチンびと 別冊93号掲載

電子書籍でご覧いただけます

 

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