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チルチンびと広場がはじまって1年が経った。
そして私のタイルびとも書きはじめて1年だ。
そもそも一介のタイル職人がなぜコラムを書くことになったのか。私が住んでいたモロッコのフェズはまさに迷宮都市。
狭い道が迷路のように複雑に入り組み、
観光客は人とロバをよけながら、
迷子になりながら目的地に向かうことになる。
私は日本人に出会うと声をかけるようにしていた。
そして時間があれば道案内をした。
得意気に迷路を縦横無尽に歩きまわり、
タイルモザイクの工房のほかにも彫金、木彫、皮なめし、
フェズの職人たちと接してフェズを満喫してもらう。案内した際に必ず立ち寄る土産屋があった。
モロッコの土産屋は日本人とみると必ず5倍、10倍の値段をふっかける。
そのなかでも品数も豊富で比較的良心的だと思い、いつもそこに案内した。
何十回と案内しているので、だいたいの値段を私は知っていた。
ただ私は値段交渉の手助けはしない。
その人がいくらで買うかはその人が見出した価値だと思っているからだ。あるとき二人の若い女性と出会い、一日フェズを案内した。
案内した二人の女性とはその後手紙のやりとりをするようになり、
私が帰国するとたまに会うようになった。
それから17年、会うたびに友人を連れてきては輪が広がっていき、
その出会いのなかでチルチンびと広場の立ち上げに偶然遭遇し、
私のモロッコの経験談が面白いということで、コラムを書くことになったのだ。
必然的に、私もモロッコを回想することが多くなった。小さな輪からはじまったチルチンびと広場も徐々に大きくなっている。
広場に集まり、出会い、絆となる。
私にとってそのはじまりが、あの17年前の辺境の地での
同郷の二人との出会いにあるのは感慨深い。モロッコから私たち家族が日本に帰る際には、お土産がたくさん必要になった。
例の土産屋であれもこれもと手に取りレジにむかう。
値段を知っている私は値段交渉しなかった。
店主はにこやかな顔で10倍の値段を言った。
それからミントティーを飲みながら1時間もかけて値切ったものだ。
悪気があるわけではない。
この時間を、この出会いを楽しんでいるのだと思った。
そして、別れを惜しんでいるのだ。よし、今年は再びモロッコに行こう。
フェズはまさに迷宮都市
土産屋の主人と

白石 普 しらいしあまね 白石普タイルワークス代表。
芸術家一家に生まれ幼少より美術、芸術に親しみ、
留学経験からイタリア語やフランス語を操る異能のタイル職人。
主に東京都内の店舗工事を中心に活躍する。
昨今は粘土からハンドメイドでオリジナルな異形のタイルを作り、
デザインからタイル制作、現場施工をおこなう、まさにタイルびと。
2011年11月よりタイルアトリエ「ユークリッド」(東京都中野区鷺宮3-45-7)を主宰。

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