夕景

建築写真で夕景を撮るのは大変そうだ。立ち会っていてそう思う。まして建築写真は大判カメラが定番だった時代ではなおさらだ。
つるべ落としのごとく、夕暮れどきの天空の変化はものすごく速い。それゆえ建築写真家はわずかなシャッターチャンスを待ち、かつ逃さない。
まだ空が明るく、外壁のトーンがすこしづつ落ちてきたあたりから緊張は高まってくる。
アングルを決め、カメラを据えてフィルムを装填する。だが、まだシャッターにつなげたレリーズには手を出さず、露出計の変化を確認しながら空と外壁の明るさのバランスを推し量る。空の明るさがすこし落ちてきて、建物の外壁が陰りはじめるとおもむろにレリーズに手をのばし、撮影にそなえる。
夕景を撮影できる時間帯はわずか。天空の明るさは巻き戻せない。チャンスを逸すればそれでおしまい。話しかけることもできないくらいに緊張感が高まるわけだ。
一度シャッターを切るとすかさずフィルムを交換し、絞りを変えてまたシャッターを切る。あらためてフィルムを交換し、露出計を確認し、カメラの絞りを変えてシャッターを切る。この動作をすばやく繰りかえすうちに撮影可能な時間はそれこそ時間切れ。成功したかどうかは現像してみるまでわからない。きっと胃がキリキリするような状況なのだろう。(写真家でなくてよかった)
実は写真家が夕景のシャッターチャンスをうかがうのは空と外壁だけではない。夕暮れどきに部屋から洩れ出す灯りがかもし出す雰囲気と、昼間ガラスの反射でうかがい知れなかった内部も夕暮れには視界に入ってくる。つまり空と外壁と内部の明るさのバランスを秤にかけてシャッターチャンスを待つ。夕景の撮影はただごとではないのだ。

写真の建物は「屯」(たむろ)と名付けられたアパートで、さして広くない中庭を取り巻いて6住戸が向き合う。中庭は、盆地で日が暮れるのが早いのと同じように早めに暗くなる。そのせいか夕暮れどきには、空と外壁と中庭と内部の明るさのバランスがほどよくとれるような気がする。

屯
撮影:岡本寛治