大好きな紙のはなし

モビールに限らず、何かを作ろうと思ったとき、どの素材を選ぶかは、もっとも最初に出てくる選択かもしれません。木や金属、革や布、プラスチックなど、たくさんの選択肢がありますが、僕の場合はそれが「紙」でした。木や布でできたモビールもたくさんありますが、手軽さや価格などを考えると、紙が最も適していたのです。そして、何より僕は紙が大好きで、紙にとても愛着があるので、紙以外の選択肢はなかったのです。

紙を使ってすることといえば、第一に思いつくのが印刷かもしれませんが、モビールは例外のようです。モビールは「動く彫刻」と呼ばれるだけあって、吊り下がるパーツの形はとても重要な要素の一つです。ゆえにパーツの形で切り抜かれたものが多く、印刷よりもそのもので表現されることが多いのです。僕もやはりそれにならい、印刷を使わずにカットされた紙だけで表現できないかとまず考えました。

色の異なる紙を手作業で貼り合わせて製作しています。
色の異なる紙を手作業で貼り合わせて製作しています。

写真で見ると印刷されているように見えるかもしれませんが、クローズアップしていくとじつはたくさんのカットされた紙を貼り合わせて製作されているのが分かります。実物を初めて見る方には「印刷と思っていた」と言われることがよくあります。カットされた紙は職人の手で一枚ずつ貼り合わせられ、少しずつモビールが完成していくのですが、もちろん印刷よりも制限が多く、手間がかかります。その分、利点もあって、印刷では表現できない凹凸や陰影、素材感を感じていただけるのではないかと思います。
紙を貼り合わせることのもう一つの利点は、紙の「反り」にあります。普段、紙を扱う仕事の人ではなくても、湿度や湿気によって紙がカールしてくるのを見たことがある人は多いと思います。これは「紙の目」と呼ばれる紙の繊維の方向があり、湿度によってその繊維が膨潤(湿気を含んで膨らむこと)したり収縮したりすることで、どうしても避けられない現象なのです。じつは最初の頃は、貼り合わせをせずに一枚の紙でパーツを作っていました。でもどうしても時間と共に反りが発生し、それが見た目の質を左右してしまうので、紙を両側から貼り合わせることにしたのです。そうすることで、反りを両側から打ち消し合い、しっかりとした重厚感も出すことができたのです。
マニュモビールズのモビールには、「NTラシャ」という日本の紙を使用しています。この紙は、本の見返しなどによく使用されていて、色数が豊富なのが特徴です。紙の質感が良いのはもちろんですが、製品で使用するためにはもう一つ気をつけなくてはならないことがあります。紙も他の製品と同様に、需要が無くなって使われなくなれば、市場から消えていきます。あまり実感がわかないかもしれませんが、色数も無くなっていくことがよくあるのです。モビールも製品として作っている以上は、途中で無くなっては困るので、色数が豊富で、昔からずっと続いている紙を選んだというわけなのです。

 パーツの断面を見ると、何枚もの紙が重なっているのが分かります。
パーツの断面を見ると、何枚もの紙が重なっているのが分かります。

そんなわけで、普段から紙に関わる方と接することが多いのですが、先日も紙のメーカーの方と会い、たくさんの紙見本をいただきました。紙見本というのは、文字通り、紙を小さく切ってまとめた見本帳なのですが、紙好きとしては、これを一日中眺めていても飽きない代物で、部屋の隅っこでぱらぱらとめくっては一人でうっとりしています。メーカーの方にそう話すと、「だいたい紙好きの人は、同じようにパラパラ見て、それで満足して棚に戻して終わり。メーカーとしてはそれで何か作ってもらいたい」と笑って話していました。その後も、僕の知らなかった紙をいくつか紹介してくれて、その日はたくさん創作意欲を刺激されました。事務所に戻り、いただいた見本帳を眺めながら、紙の表面をスリスリと触っていると、それだけで気持ちが落ち着いてくるのを感じます。紙にはそんな不思議な力があるように思うのです。紙からもらったそのエネルギーの恩返しの意味も込めて、今後もできるだけ紙そのままの質感を感じていただけるようなプロダクトを作っていけたらいいなぁと思います。

紙の見本帳。銘柄ごとに分けられ、色の種類や厚みも一目瞭然です。紙好きには手放せないアイテム。