2015年8月8 の記事一覧

屋久島 田畑を巡る旅 その1

 

美味しい野菜や調味料が揃うと、たいがい心が落ち着く。素材が美味しいと手間も時間もかけずに美味しいものが出来上がるので、料理が気軽で楽しいものになる。ご近所の八百屋さん、スコップ・アンド・ホー さんはそれを叶えてくれる頼もしいお店で、それは店主の井崎敦子さんが作る雰囲気でもあり、この野菜はこんな人が作ってて、こんな味で美味しいよ、というのを本当に楽しそうに伝えてくれるので、よりいっそう食べることが楽しみになる。お店で出会う人も類友なのか面白く、野菜を買わない日でも笑いを求めて寄ってしまう。

そんな面白敦子さんが、ある日しみじみ「野菜を届けてくれたり、美味しいごはんを作ってくれたり、いろんな人たちに支えられてほんまに幸せやし嬉しいしありがたいことやなぁ。その人たちのことをもっと知ってほしいねんなぁ」と言うのを聞き、ぜひ書いてほしいとお願いしてはじまったのがコラム「おいしい人々 スコップアンドホーのご縁つれづれ」 だ。第1回は京北の若き料理人、秋山ミヤビさんのことを愛情あふれる目線で綴っていただいた。次にどうしても紹介したいのが屋久島で自然農をしている本武秀一さんで、ポンカンに衝撃を受け、タンカンと安納芋のあまりの美味しさに感動して、2年越しで会いたかった人だという。長らく京北の畑と香川の実家以外は移動していないというミヤビさんと、「たねだね在来種研究所」 の砂本有紀子さんという、畑や種に関わる人々も一緒に。ほぼ初対面に近い4人で屋久島への旅が始まった。

台風が通り過ぎるかどうかという中、無事に飛行機も飛び、伊丹から屋久島へは直行便で約1時間半とあっけない。空港に着くと晴れていて、いい旅になる予感がした。迎えに来てくれた本武さんは、陽の光をたっぷり浴びてぎゅっと引き締まって身軽そうで、ミヤビちゃん曰く、ご自身がつくるタンカンにもどことなく似た雰囲気。几帳面な字で丁寧にスケジュール表を作っていてくれて、有難いことにこれからの4日間お付き合いくださるという。まずは本武さんのご友人だっちゃんのお店「ジャングルキッチン近未来」に連れて行ってもらう。カレーをいただいた。美味しい!

お店はすべて手作りで、赤土と木の壁が呼吸しているような気持ちのいい空間で、内装も拾ったものなどで作ったとは思えないほど細かい手仕事がしてあってどこを見ても可愛い。お昼から賑わっていて、会う人会う人知り合いで、まだオープンしたばかりというのに、早くも地元の憩いの場になっていた。

 

屋久島は丸い形で、70年に一度という大雨や長梅雨で通行止めになっていたけれど、島を車でぐるりと一周すれば約3時間だそう。鬱蒼と濃い緑、険しく突き上げるような山、反対側をみれば海、ダイナミックな風景に圧倒されながら、この日の宿ヒュッテフォーマサンヒロ にチェックインした。

部屋にはデッキがあり、庭に大きなバナナの木があり、いかにも南の島の風情。部屋に備え付けのノートに「ごはんがとてもおいしかった」という記述がいくつもあるのを見つけて、早くも翌朝の朝食が楽しみな、食いしん坊4人組なのであった。

 

晴れている今日のうちに田畑を見学してしまおう、ということで高畑にある田圃をみせていただいた。向こうには大海原。振り返れば雄大な山。あぜ道に生えている里芋や生姜も大きく生命力に溢れ、「うわぁ~なんだこりゃ~こんなとこで畑できるんかぁ~」と秋山ミヤビサン、感嘆の唸り声を漏らす。

すこし離れたところにあるタンカンポンカン畑は、自由にうねうねと踊っているような枝が伸びた背の高い木が、山の斜面に思い思いに生えていて、巨大な里芋の葉が茂り、遠くには険しい山々がそびえて完璧なシルエット。すこし日が暮れてくるとなんともいえない情景になる。

無農薬の田圃と畑を12年の月日をかけてゆっくりと、しかし着実に創り上げている本武さんの言葉は、どんな素人をも納得させる、わかりやすいものだったけれど、なにせ畑をやっていないどころか部屋にある観葉植物ですら枯らしてしまう私は、ただこの絶景を眺めて「きれいだなあ・・・」と呆けるしかなかった。食べ物を作る人は自然と共存して賢く優しく力強く、食べるだけの私は本当に軟弱だと感じた。そんな私ですら、こんなところで農業をやってみたい、と夢を抱いてしまうような、土と水の力を感じさせる場所だった。


夜は安房港に面した地元の定食屋さんで、トビウオのから揚げやサバ節で出汁をとったうどん、焼酎など土地の物をいただいていい気分になり、そのまま平内海中温泉へ。ここがまたワイルドで、海から湧き出る温泉に朝晩の干潮前後の2時間のみ入れる混浴の温泉。「水着禁止」と書かれている。脱衣場もない。岩場で人目を遮りながら服を脱ぎ身体を隠すものをざっと纏って湯に入るのだが、星空の下、波の音を聞きながら温泉につかっていると、そんな裸だの混浴だのどうでもいいことに思えてくる。温かく、静かで、ふっくらした月の光が神秘的で、いつまでも去りがたい。夢じゃないかな?と何度か思った。帰りには海に向かって、空に向かって、ありがとうーという思いでいっぱいになる。

初日にして、明日帰っても悔いはないというぐらい濃密な一日が終わった。

つづく