人を生かし、風土を生かす家づくり 山形県
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に、脈々と受け継がれてきた山の歴史と、杣人たちが山の神に捧げる畏敬と感謝を垣間見る。  やがて静けさを打ち破るようにチェーンソーの音が響き、音を立てて巨木が倒れる。「夏場は高温多湿、冬は豪雪という風土でゆっくりと育つため、金山の杉は目が詰まった良材です」と山主であるカネカの川崎俊一さんは話す。この日伐り出されたのは91年生の杉だ。杉は50年から60年で伐採されることが多いが、金山町では80年から100年を伐採の適期とした「長伐期大径木生産」を推進。樹齢80年以上のものは、「金山杉」と呼ばれる高級なブランド材として全国に流通している。 歴史的遺産を生かす  そもそも金山町を含む最上地域は、江戸期から藩主導で植林が進められた、歴史的に林業の盛んな地域。こうした来歴から大工の人数も多く、伝統的な軸組工法の技術を持った彼らは、「金山大工」と呼ばれ、町には彼らが建てた趣のある民家が多数残る。切妻屋根に、小屋組みが現しになった妻壁、漆喰の白壁が印象的な、この地域独特の外観。金山町では、これらの特徴を「金山型住宅」と定義し、町内に「金山型住宅」を新築・改築した場合の助成制度を設けるなど、歴史的遺産を活用した町づくりは全国的に有名である。  1984年に提唱された、金山町「街並みづくり100年運動」。町を挙げてのこの取り組みに、民間人として力を尽くしてきたのが前述の川崎さんである。「金山杉」のブランド化によって山の経済価値を高める取り組みを先導する一方、12年ほど前に、自社の建築部「家づくり工房」を旗揚げ。家づくりという、消費者に近いところで「金山杉」の流通を活性化させることで、山主から製材業、木材運搬業、大工まで、林業周辺のすべての産業が経済的利潤を享受できる仕組みづくりを行ってきた。こうした川崎さんの仕事は7年前、小誌23号でも取り上げた。その後、町の姿はどう変わったか—。 「町並み運動」を支える 「林業の町」の心性  町中に張り巡らされた、金山川の水を引き入れる水路。建ち並ぶ切妻屋根、白壁の統一感のある民家。町を歩くと、1878(明治11)年に

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