雑誌「チルチンびと」93号掲載 庭が語る生きる知恵-四季をたずねて-
14/16

 バラについたアブラムシをついばむスズメ。それを見つけ、「春先になってヒヨドリが来なくなったと思ったら、今度はスズメ。花や野菜が穴だらけになってしまうこともありますが、大歓迎なんですよ」と、嬉しそうな上利智子さん。自由に地を這う野草たちが、足元で揺れている。 都内のとある住宅地。その一角にひときわ緑溢れる家がある。上利さんが8年かけて育んできた草花や樹木がすくすくと生長し、町並みを彩っている。シンボルツリーとなっている常緑樹の夏ミカンの木は、1年中うるおいを与えてくれる。 そんな上利さんの庭を初めて訪れたのは、ジリジリと太陽が照りつける真夏のある日。青々と茂る緑をかき分けるようにして、上利さんが笑顔で出迎えてくれた。四季を通して数え切れないほどの草花や野菜が息づくこの庭を、一年近くにわたって取材することになる最初の日だった。花と土と草と虫と 溢れんばかりの緑に、白や青の爽やかな花、瑞々しい夏野菜。涼しくなってくるとコスモスが咲きだし、ススキが風になびく。ぐっと気温が下がると木々の葉は落ち、ビオトープの水が凍ることも。カエルが冬ごもりをする頃、葉物野菜は甘みを蓄える。膨らんだ蕾が開き始める時期は、庭が徐々に華やかさを増す。 長期間この庭に通って気づいたこと。それは、上利さんが庭と完全に対等の立場で向き合っていると森がお手本 現代人の暮らしは果たして自然な姿なのか? 上利さんはいつの頃からか、そんな疑問を抱いてきた。そして、「森の環境を取り入れることが、健やかな暮らしを取り戻すことにつながるのでは」と考えるように。「森の生き物は誰かから何かを与えられているわけでもないのに、あんなに生き生きしてることに気づいた」と、上利さんは語る。 現代の生活からは、〝森〞というのはあまりに遠い存在かもしれない。しかしながら、自然の摂理を知り、シンプルな森の命の循環から学ぶことは多いのではないか。上利さんは言う。「現代人は化学物質に囲まれ、それらから逃れることはできない。でも、どこかおかしい、変えなきゃいけないって、みんな少しずつ気づき始めてる」。 上利さんがこのように考えるようになったのは、代表を務める工務店「天あま音ね堂どうリフォームラボ」での経験が大きい。天音堂では自然素材を使い、自然と共生する循環型の家づくりを行っている。豊かな緑に包まれたこの家は、同社のオープンハウスでもあるのだ。 会社を立ち上げて13年。「思いだけでは伝わらない」ことがわかった。だからこそ、この家と庭が必要だという上利さん。「昔は当たり前にあった、自然とともにある暮らしを取り戻したい。ここで自然の大きな力に触れ、空気を感じてもらうのが、いちばん伝わると思うんです」。いうことだ。植物を「育てる」というよりは、「ともに生きる」感覚に近い。自然を暮らしに取り入れるのではなく、〝暮らしを自然に近づける〞。庭の木々や花をはじめ、どこからともなく生えてくる草、花や野菜に齧りつく鳥や虫など、すべてを受け入れている。自らは「自然の一部であって、自然に生かされている」と、上利さん。 農薬や化学肥料も使わない。それは、彼らが自力で生きていけることを知っているから。常に植物たちの声を聞きながら、居心地のいい場所を探す。草花が好む場所を見つける手助けをするのが、上利さんの役割なのだ。菜園は「3分の1を収穫としていただき、3分の1は虫たちに、残りは土に還す」ようなイメージで考えている。澄み切った青空の下、今日も上利さんは庭の植物たちと会話する。取材・文=内田珠己71

元のページ  ../index.html#14

このブックを見る