雑誌「チルチンびと」98号掲載「小笠原からの手紙」
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107ーの海を悠々と泳ぎ、真っ黒なイチョウの葉のような尾ビレを高々と上げて潜水する姿には、ただただ生き物の雄大さを覚える。 また沿岸域には、ミナミハンドウイルカやハシナガイルカといった、体長2メートルほどの小型の鯨類が通年見られる。ミナミハンドウイルカはドルフィンスイムの対象となっており、こちらも非常に人気のある種類の一つである。 さて、小笠原で初めてホエールウォッチングが行われてから30年が経過した。さらに30年後、私たちと鯨類の関係はどのようになっているのだろうか。今後も彼らと上手に付き合っていく上で、よりいっそうその生態についての理解を深めていく必要があるだろう。 鯨類を見ることができるのは、何も冬から春だけではない。小笠原では1年を通して鯨類に出会える。ザトウクジラが北の海へと旅立った後、海が穏やかな季節になると、今度は沖合へとツアー船が走る。マッコウクジラを探すためだ。本種は体長10メートルを超える最大のハクジラ類であり、小笠原の沖合海域には、メスや子ども、若い個体の集団が通年生息している。ザトウクジラのような派手なアクションはあまり見せないが、ごつごつとした黒いボディには一味違った魅力がある。凪の日、油のようにとろりとしたボニンブルオスのザトウクジラは盛んに歌を歌う。歌と表現するのは、彼らの鳴き声が規則的な旋律を持っているからだ。 一つの歌は10分から20分ほど続き、数時間繰り返されることもある。年月の経過とともに曲調が変化することが知られており、繁殖海域ごとに歌の特徴も異なる。加えて、この歌の違いはそれぞれの繁殖海域間の地理的な距離が離れるほど大きくなる傾向にあるようだ。 そんな彼らの歌声は、水中マイクを使えば船上でも聴くことができるし、ダイビング中にも聴くことができる。クジラを観察することができる。クジラがこんなにも身近にいる環境は小笠原ならではである。 ザトウクジラが観光の人気者である理由は、しばしばド派手なアクションを見せてくれるからである。体重30トンにも及ぶ巨体を空中へと投げ出すブリーチング。体の3分の1の長さにもなる胸ビレや大きな尾ビレを水面に打ち付けるスラッピング。こうした行動の本意は明らかではないが、コミュニケーション手段の一つでもあるのだろう。 冬の繁殖期になると、成熟したつじい・こうき/1992年大阪府生まれ。小笠原ホエールウォッチング協会研究員。北海道大学大学院修士課程修了。学生時代に水産学や環境科学を学び、ウミガメ保全活動のボランティアやザトウクジラ調査で小笠原を訪れる。2017年より、現職。世界自然遺産に登録され注目を集める、小笠原の豊かな自然と文化を、現地在住の研究者が紹介します。真っ黒な尾ビレを上げて潜っていくマッコウクジラ。呼吸のため海面に浮上するマッコウクジラ。大きな四角い頭が特徴。父島ウェザーステーション展望台。クジラはもちろん、夕日を見るのにももってこいの場所だ。ドルフィンスイムの対象となっているミナミハンドウイルカ。数十から数百頭の群れで見られるハシナガイルカ。細く長いくちばしが特徴。小笠原の海に暮らす鯨類歌声を聴く

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