雑誌「チルチンびと」98号掲載「小笠原からの手紙」
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106ウォッチング産業の幕開けでもあった。クジラへのウォッチングの影響を配慮し、船の接近距離や侵入禁止水域を定めた自主ルールが開始当初から設けられていることも、小笠原のホエールウォッチングの歴史を語る上で重要だ。 ザトウクジラは主に水深200メートル以浅の沿岸域で見られる。そのため、クジラの来遊盛期のツアーでは、湾を出てすぐに出会えることも多い。出港後、たかだか15分もかからないのではないだろうか。また、仮に船が苦手であっても、陸上の展望台に上ればたる。世界中には約90種類の鯨類が知られており、小笠原ではこれまで24種類が確認されている。鯨類を見るにあたっては、水族館を訪れるのも一つの方法であるが、野生の鯨類のウォッチングツアーも国内外で盛んに行われている。  1988年4月、米国からの小笠原諸島返還20周年を記念して、母島でザトウクジラのウォッチングが行われた。これが日本で初めての商業的なホエールウォッチングであり、小笠原のホエール海は彼らの繁殖海域となっており、国内では、沖縄や奄美の海もそれに該当する。最近では、これらの海域よりもはるか北に位置する八丈島の海でも目撃数が増えている。小笠原への来遊シーズンは12月から5月であり、最盛期は2月から4月上旬である。 そもそも鯨類とはどのような生き物なのか。実はウシやカバに近い生き物で、海に暮らす哺乳類である。鯨類は、歯を持つハクジラ類と、歯の代わりにヒゲ板と呼ばれる器官を持つヒゲクジラ類に分類され、ザトウクジラは後者にあ オガサワラゼミの大合唱が聞こえなくなる初冬、海の中に耳を傾けると一風変わった音色が聞こえてくる。「ネィーン」、「ンウォ」、「ポワッ」。ザトウクジラの歌声だ。ここ小笠原には、冬とともにザトウクジラがやってくる。 ザトウクジラは体長14メートルほどにもなる大型の鯨類(イルカやクジラ)の仲間だ。夏はエサとなる小魚や動物プランクトンが豊富な高緯度の冷たい海で過ごし、冬になると出産や子育てのために低緯度のあたたかい海へと移動する。亜熱帯気候に属する小笠原の小笠原からの手紙冬の訪れを告げるザトウクジラ文=辻井浩希 写真=小笠原ホエールウォッチング協会町に鯨のぼりが掲げられると、いよいよザトウクジラシーズンの到来だ。ヒゲクジラ類のもつヒゲ板。上あごからびっしりと並んで生える。写真は小笠原で捕鯨されていたニタリクジラのもの。(標本、小笠原海洋センター所蔵)小笠原におけるホエールウォッチングの自主ルール。(小笠原ホエールウォッチング協会ホームページより http://www.owa1989.com/watching/rule)ザトウクジラの尾ビレ。裏側の模様が1頭1頭違うため、個体識別に使われる。ブリーチングをするザトウクジラ。長い胸ビレが特徴。突然その巨体をあらわにしたと思えば、「バンッ!」と海面に衝突する大きな音が響き渡る。海面から勢いよく上がるザトウクジラの噴気(ブロウ)。鯨類とはザトウクジラを見る日本におけるホエールウォッチングのメッカ冬、ザトウクジラの来遊

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