雑誌「チルチンびと」94号掲載 「小笠原からの手紙」 
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177も気分が悪いのに、びしょ濡れの窓越しに、双眼鏡で鳥を探すなんて……。その時、正面の窓を横切る小さな塊が見えた。長いくちばしの薄茶色の鳥だった。チュウシャクシギ、かと思った。それはたった1羽で、操舵室の前を左から右へと横切って行った。進路は、東から南東の間だと思われた。その方角には何もない。後で調べると、マーシャル諸島まで4000キロもの間、陸地がない進路だった。 低気圧が通過した後、小笠原では鳥が増える。強風に流されて来るのだ。でも、ここに流れ着けた鳥は幸運だ。海の藻屑と消える命が、毎年どれほどあるのだろう? 今いる小笠原の鳥たちは、ここに仲間と流れ着き、さらに子を育てられるという最高の運に恵まれた、ごくごくわずかな渡り鳥たちの子孫。何の痕跡も残さずに海に消えた、気の遠くなるほどの数の鳥たちを想う、小笠原の短い冬である。間のヒシクイや、ミヤマガラスが姿を見せたときは、島内の鳥好きが色めき立った。彼らは、常連の冬鳥や旅鳥と違い、別の場所をめざして飛んでいたのに、何かの間違いで小笠原に流れ着いてしまった鳥たちである。そんな迷い鳥たちは、数羽から多くても数十羽という単位でやってくる。たった1羽のこともある。旅路の果て わたしは過去に一度だけ、定期船おがさわら丸の操舵室に入ったことがある。伊豆諸島鳥島にアホウドリ類を見に行くツアーで、バードウォッチングのサポートとして、走る船の操舵室から鳥を探した。季節は冬。鳥島へ向かって北進する間、海はかなり荒れていた。外は灰色で、高い位置にある操舵室にまでかかる水しぶきが、波の飛沫なのか、雨なのかもよくわからない。ただ揺られているだけで種なので、その3分の1より多いのだ。 小笠原に定住して繁殖する陸鳥は9種、絶滅種が9種。それ以外は、大海原を超えてくる渡り鳥である(このうち、島で繁殖する海鳥が8種)。冬中いて、春になると繁殖地に帰っていくだろうと考えられているいわゆる「冬鳥」は、25種。マガモやコガモなどのカモ類、カワウやウミウなどの鵜の仲間、ダイサギなどのサギ類、ムナグロなどのシギ・チドリの仲間、ツグミ、ハクセキレイ、マヒワなどである。チョウゲンボウなどの猛禽類も常連だ。冬を小笠原で越すわけではないが、春と秋にちょっとだけ滞在していく鳥もいる。ツバメ、ホトトギス、シギやサギ類など12種だ。 残りの173種、全体の4分の3にあたるのが、「稀に来る渡り鳥」である。セグロカモメやセイタカシギは時々見るが、ガンの仲Natureちば・ゆか/父島在住。ちょうど20年前、大学院の研究課題であった猛禽類オガサワラノスリの生態調査のために来島。以来、父島のオガサワラノスリ繁殖調査を継続している。最近の関心は、外来種駆除や開発、ドローンなどのノスリへの影響。海浜植物オオハマボッスは、小笠原では山でも見られる。1月に撮影。上/大きな翼でふわふわ飛ぶダイサギは、ここの常連。一見、大海原を超えてきたようには思われない。 中/いつもいる気がするムナグロ。繁殖地はアラスカやシベリアだが、越冬地は南半球まで広がる。小笠原へは、ちょっとした寄り道なのだろうか。 下/若いチョウゲンボウも冬の常連。小さな身体で気が強く、先住のオガサワラノスリに急降下して追い払おうとする。セグロカモメとオオセグロカモメ(手前)も若い個体。カモメが飛ぶ姿を見られるのは、冬の間だけ。渡りをするカラスである、ミヤマガラス。カラスのいない小笠原では、たまの出現がまちの話題をさらう。ヒシクイはガンの一種で、シベリアやアルタイ地方で繁殖し、温帯で越冬する北の鳥。父島の土砂埋め立て地に現れた。白黒のセイタカシギと、嘴の長いチュウシャクシギ。南島では、各種1羽か2羽からなる冬鳥の混群が見られる。

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