雑誌「チルチンびと」94号掲載 「小笠原からの手紙」 
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176るものだけが、この島にたどり着き、長い時間をかけて独自の進化を遂げてきた。太平洋の孤島――小笠原。進化の実験場――小笠原。しかし、茫洋とした大海原を超えて、毎年やって来る強者たちがいるのだ。渡り鳥である。 そのほとんどは海鳥ではない。海鳥ならば、疲れれば海面に降り、海から糧を得ることができるが、身体に相応のエネルギーを蓄えられる大きな鳥ばかりでもない。手のひらにのるような小鳥も来る。驚くべきことに、小笠原でこれまで記録されたことのある鳥類の種数は、235種にのぼる。日本で記録されたことのある鳥が633に忙しく、山々に立ち込めた霧が晴れれば、夏も間近。小笠原の冬は短い。小笠原、冬の鳥 小笠原(ここでは聟島列島・父島列島・母島列島からなる「小笠原群島」を指す)は、東京都から南へ1000キロほど離れた小さな島々の連なりだ。海水に浸かれば死んでしまう両生類や、空を飛べない哺乳類、大きく重い種子をつけるシイやナラは、小笠原にたどり着けなかった。自力で空を飛ぶか、飛ぶものや浮くもの(流木など)に乗ることのできた生き物、海流に生きた種子を乗せられ立ったばかりの若いオナガミズナギドリは、夜間の照明に引き寄せられ、街に不時着する(小誌74号「小笠原からの手紙vol.8ボニンブルーが育む海鳥たち」に詳しい)。クリスマスのイルミネーションは、オナガミズナギドリの不時着が一段落してから始まる。1月にはおがさわら丸の定期点検がある。船便が止まり生活は不便になるが、諦めと静寂の季節でもある。2月は冷たい北西風が吹きつのり、海は荒れ、曇天や時雨が多くなる。しかし、山ではオオハマボッスなどの早春の花々がしだいに咲き始める。3月になると、もはや小鳥たちはヒナに餌を運ぶの冬の生活 小笠原の冬は暖かい。クリスマスの時期の最高気温が22℃、最低は18℃。島の人びとの冬の服装はさまざまだ。冬中半袖で素足にギョサン(島の多くの人が愛用するサンダルの一種)の人がいる。薄手のダウンコートをまとい、ホットカーペットを使わないと冬を乗り切れない人もいる。フリースにギョサン、かつ日焼けした顔の子どもの姿は島の風物詩である。 小笠原では、海鳥の最大勢力であるカツオドリとアナドリが10月頃に、オナガミズナギドリが12月に、繁殖を終えて島を離れる。巣小笠原からの手紙冬の来訪者文・写真=千葉夕佳暮らしの連載小笠原で夏に子育てをするカツオドリは、冬には大半が姿を消すが、少数が残って湾の中でハンティングする姿を見せる。 上/冬の小笠原。上/アナドリ。その名の通り、穴の中で子育てをする。親鳥はほっそりした小さな身体だが、ヒナはムクムクの羽毛玉だ。 右/フワフワの綿毛を残したオナガミズナギドリのヒナ。もうすぐ海へと旅立っていく。Vol.28世界自然遺産に登録され注目を集める、小笠原の豊かな自然と文化を、現地在住の研究者が紹介します。

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