雑誌「チルチンびと」86号掲載 小笠原からの手紙
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 小笠原諸島最大の有人島、父島のすぐ北にある無人島の兄島は、亜熱帯ゆえ3月下旬でも春先とは思えぬ暑さだ。外来植物ギンネムの駆除作業をいつものように実施していた島っ子*1T氏の目の前の枝を「大型のトカゲ」が素早く横切った。 「まさか…!」 彼は反射的に手を伸ばし、そのトカゲを捕獲した。手の中で逃げようと蠢くそのトカゲは、その「まさか」、兄島にはいないはずのグリーンアノールであった。小笠原諸島の固有昆虫の楽園である兄島に、父島や母島で固有昆虫を食い尽くしてきた本種が侵入していることが初めて確認された瞬間だった。 2011年6月に世界自然遺産に登録された小笠原諸島は、環境省・林野庁・東京都・小笠原村が合同で管理機関となって遺産に関する保全管理を行っており、これに対して11名の専門家からなる「小笠原諸島世界自然遺産地域科学委員会」(以下、「科学委員会」)が、科学的な助言を行っている。 3月22日の初確認後、管理機関や地元のNPOが緊急調査を実施した結果、思った以上にグリーンアノールの密度は高く、分布も広いであろうと推察された。 兄島は父島や母島のようにグリーンアノールなどによる昆虫相の崩壊・絶滅が起きていなかったため、花粉媒介昆虫(ハナバチ類など)を含むさまざまな固有昆虫が残存しており、これらと植物を含む生態系が評価されてきた。もしグリーンアノールの増加により花粉媒介昆虫が世界自然遺産に登録され注目を集める、小笠原の豊かな自然と文化を、現地在住の研究者が紹介します。文、写真・大林 隆司非常事態宣言グリーンアノールとの闘いvol.20おおばやし・たかし/1965年、東京生まれ。1994~2003、2011年~父島の研究機関で働きながら、小笠原の昆虫などの研究・撮影や自然保全にかかわる。小笠原の世界自然遺産関連の各種委員会の委員も務める。日本セミの会、日本自然科学写真協会、小笠原野生生物研究会、小笠原自然文化研究所などの会員。島民の一部からは「せみちゃん」「虫くん」と呼ばれているらしい……。PROFILE上:オガサワラゼミを捕食するグリーンアノール。特に父島では,林内でセミの悲鳴がするとたいていこのような場面に出くわすようになってしまった。 下:ウスイロコノマチョウを捕食するグリーンアノール。大型のチョウも捕食されており、父島ではこのチョウはほぼ絶滅した。上:グリーンアノール。近づいて見るとまるで恐竜のようである。下:兄島の乾性低木林。乾性低木林とは、小笠原の乾性立地に成立する低木林と矯低木林のうちで、シマイスノキが優占し、特有の随伴種群をもつ森林である。種々の樹木が織りなすモザイクが美しい。しかし今はこの森林のどこかにもグリーンアノールがいる。*1 小笠原で生まれ育ってそのまま島にいる人びと。 *2 http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2013/03/20n3rc01.htm *3 兄島へのグリーンアノールの侵入経路としては、流木に乗って渡った、カヌーに紛れ込んで渡った、オガサワラノスリが餌として運んだものが逃げた、などの説があるが、いずれも証明されていない。2013年3月22日202

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