雑誌「チルチンびと」75号掲載 小笠原からの手紙

小笠原のシダ植物

花が咲き種子をつくる植物(種子 植物)とは異なり、シダは、花は咲 かず埃のような小さな胞子をつくり、 これが飛散して増える生活サイクル の植物(胞子植物)である。小笠原 の植生は、シダ植物の占める割合が 高く、大型のものが見られるので、 シダの観察は、植物愛好者にとって 小笠原の大きな魅力になっている。 小笠原のシダは約100 種類。 そのうち固有種が 30 種ほどある。小 笠原群島では父島と母島に多く、周 辺の離島はシダの植物相は貧弱であ る。硫黄列島では、北硫黄島(標高 792メートル)、南硫黄島(標高9 13メートル)には一年中ほとんど 雲や霧がかかっている雲霧帯があり、 シダやコケが豊富である。第二次世 界大戦の激戦地の硫黄島は平坦で標 高も低く、シダ植物は少ない。 亜熱帯の小笠原で目立つのは、木 のように立ち上がる木生シダである。 小笠原には木生シダは3種ある。マ ルハチは陽生のシダで、切り通しの 斜面にも生え普通に見られる。樹木 と陽光を競い合い7~8メートルの 高さになる。葉痕(葉が落ちたあと の茎に見られる葉柄の痕跡)が丸の 中に逆さ八の字の模様なので、この 名が付けられた。メヘゴは陰生のシ ダで、林の中層植生として群生する。 高さは2~3メートルで、葉柄が黒 く美しい。これら2種は小笠原の固 有種である。本土にもあるヘゴは陽 生ではないが、メヘゴほどの強い耐 陰性はないので、マルハチとメヘゴ の中間環境が生育場所となっている。 木生シダほど大きくはならないが、 オガサワラリュウビンタイは人の前 腕ほどの太い葉柄で一枚の葉が3メ ートルにもなる勇壮なシダである。 父島ではノヤギに食べ尽くされ、貧 弱な個体が細々と残っている。現在、 ノヤギ駆除が行われているので、回 復が期待されている。母島にはノヤ ギがいないので、大きな群落がある。 その中に入ると人はすっぽりと隠れ、 樹林の中にいるような様相である。 母島には、オガサワラリュウビンタ イとは別種のリュウビンタイモドキ もある。この種は豆の莢さやのような器 に胞子嚢のうが入っていて(単体胞子嚢 群)、他のリュウビンタイと異なる。 小笠原の湿潤な林内には種々の着 生シダが見られる。主に樹幹に着生 するシダでは、本土ではあまり見ら れなくなったマツバランが普通に見 られる。樹幹のほか、岩の割れ目や コンクリートの壁にも着生する。オ ガサワラシシランは九州や沖縄でも 見られるアマモシシランと近縁で、 マルハチやヘゴの幹、倒木に着生す る。苔むした幹に細長い葉を垂れて いる姿は風情がある。ムニンサジラ ンは、樹幹や岩上にも生えている。 夏の枯れた時期には葉が捻れて乾い たように見えるが、雨が3、4日続 くと、捻れがほどけて元の形になる。 ハハジマホラゴケはやわらかい葉が 透き通った小さな美しいシダである。 このシダはマルハチやヘゴの生きた 幹に着くが、親木が枯れると自分も 枯死する。親木と何らかの共生関係 にあるようだ。 岩壁や石の上に着生するシダは母 島で見られるものが多い。オオクリ ハランは岸壁に群生し、長い葉柄の 先に乾いた感じのやや大きな単葉が あり、乾燥に強いシダである。ヒメ タニワタリは母島と北大東島の限ら れた場所の湿った石灰岩に着生する 小さなシダで、絶滅危惧種である。 この生育環境を保全しないと絶滅し てしまう。オトメシダは好んで石の 上に着生する。母島の境ケ丘の麓に あった群落が 20 数年前に突然なくな ってしまった。石に着生しているの で、掘る必要はなく、.がされたの であろう。ほかにハハジマウラボシ やイワホウライシダなどがある。 北硫黄島は北と南にピークがあり、 南の山頂は台形のカルデラで雲霧帯 になっていて、どこを触っても水が 滴るほど湿潤である。陽光が不足す るので樹木は高くなれず、低いとこ ろに枝を張り、樹幹や枝は一面にコ ケやシダに被われている。シマキク シノブやナンカイシダなど珍しいシ ダがコケの中から姿を現している。 希産種のアツイタやナンカクランな ども見られる。地表は絨毯を敷き詰 めたようにミズスギで被われている ところもある。湿潤のせいか、ヘゴ は高く伸びないで側芽を何本も出し ていて、エダウチヘゴと名付けられ ている。 南硫黄島は島の径も標高も約1キ ロメートルの急峻な円錐形の島で、 ナガバコウラボシという希産の固有 種が有名である。この島は「原生自 然環境保全地域」に指定され、島へ の上陸はいっさいできない。

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