雑誌「チルチンびと」71号掲載 小笠原からの手紙
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119 リは鼻丈が短く、飛ぶ狸あるいは飛 ぶ小熊、とたとえるほうがしっくり くるかもしれない。 3 生態  オオコウモリは、熱帯果実などを 好むことからFruit Bat とも呼ばれ るが、オガサワラオオコウモリは葉 や花も積極的に利用する。特に多種 類の葉を食べることは一つの特徴で ある。熱帯に比べて大型果実などの 乏しい亜熱帯域、そして植物種の少 ない海洋島で進化したことと関係が あるかもしれない。季節の花、果実、 葉を求めて、オガサワラオオコウモ リは島じゅうを飛び回っている。  さて、自力で動けない植物にとっ て、世代交代していくために種子散 布は大切だ。その手段によって、風 散布、水流散布、動物散布、重力散 布など、いくつもの散布様式に区分 される。たとえば、ドングリに代表 される重力散布型のブナ科植物は、 海を越えられなかったために小笠原 には見当たらない。熱帯林のオオコ ウモリは、重要な動物散布者である ことがわかっており、オガサワラオ オコウモリも、小笠原の森林と密接 な関係を持ち、ともに進化してきた 可能性が高い。特に、島固有の植物 であるタコノキなどの大型果実や種 子を運ぶ能力を持つ生物は、絶滅種 を含めてほかに見当たらない。     かつて、空を覆いつくすほどいた とも言われるオガサワラオオコウモ リであるが、現在は小笠原諸島全体 で数百頭程度が生息するのみである。 安定的なグループが確認されている のは父島と南硫黄島のみで、ほか多 くの島々で存続が心配されている。  オガサワラオオコウモリの生存を 脅かす要因は、ねぐら域の開発など 人間活動域の接近、作物への食害を 防ぐためのネットによる絡まり事故、 ネコによる捕食である。また、今後、 慎重に注意をはらうべきこととして、 世界遺産で急増している観光利用の あり方や、小笠原の森に深く侵入し た外来植物を排除するスピードの強 弱、外来ネズミによる餌不足などが ある。現在、一歩ずつ対策が進めら れているが、オガサワラオオコウモ リの保全はなかなか前進しない。そ れはこの動物の活動域が、人間と非 常に近いことと関係する。「隣の天 然記念物」であり、人の線引きや保 護区から自由に飛び出してくる「種 の保存法の指定種」であるからだ。  世界自然遺産に登録され、外来種 対策を中心とする自然再生が進む小 笠原諸島。未来の森づくりの担い手 と、いかに共存をはかるのか? 実 はこのことは、人がどう小笠原の暮 らしや世界観をつくるのか、という ことにほかならない。人の智力が試 されているのだ。庭裏の絶滅危惧種 オガサワラオオコウモリとの共存、 それは人と自然の共生の試金石と言 えるだろう。 ヒメツバキが満開の父島・ ツツジ山。オオコウモリは この花の蜜が大好きだ。 4 オガサワラ   オオコウモリの今 大好きなタコノキの果実に かじりつく保護個体。 畑に現れたオオコウモリ。共存とは 人の暮らしを守ることでもある。 すずき・はじめ  1965 年生まれ。神奈川県横浜育ち。宇都宮大学大学院 中退。東京都林業試験場、小笠原支庁鳥獣担当を経て、 2000 年に堀越和夫、稲葉慎らと小笠原自然文化研究所 を設立。季刊誌『i- Bo』変酋長(編集長)。 *小笠原自然文化研究所 http://www.ogasawara.or.jp/ 小笠原諸島父島にあるNPO 法人(2000 年設立)。小笠 原植物研究者である清水善和先生(駒澤大学)による 造語Boninology(小笠原学)から、英名をinstitute of Boninology「小笠原の学校、小笠原を学ぶ処」とする。略 称はi-Bo(アイボ)。現在の取り組みの中心は、絶滅危惧種 や希少動物の保全研究と実践。保全対象はアカガシラカラ スバト、オガサワラオオコウモリ、コアホウドリ、クロアシアホウ ドリなどの多くの希少海鳥類、水生生物など。アカガシラカラ スバト保全のためのノネコ捕獲事業(捕獲ネコは東京都獣 医師会により受け入れ馴化が行われている)も展開している。 夕暮れはオオコウモリ たちの出勤時間。

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