雑誌「チルチンびと」71号掲載 小笠原からの手紙
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118  皆さま はじめまして。  今回は安井隆弥先生からバトンを 引き継ぎ、我々が保全に取り組んでい る動物の中から、小笠原諸島唯一の固 有哺乳類であるオガサワラオオコウモ リについて書かせていただきます。 1 唯一の固有哺乳類  誕生後も他の大陸と陸続きになっ たことのない海洋島群である小笠原 諸島は、生物がたどり着くことがと ても難しい場所だ。海洋島への生 き物到達の手段は、3Wとも言わ れ、風(wind)、潮流(wave)、飛 翔(wing)に限られる。このため 少なくとも人間が入植する以前に は、四つめのW、すなわち歩くこと (walk)でしかやってこられない動 物はいなかった。  気の遠くなる長い年月の中で、3 Wだけを頼りにたどり着き、定着に 成功し、さらに他の 生物たちとも新たな 関係を結んだ生物た ちが、独自の生態系 を編み上げた。その 生物相関は、海洋島 に花開いた奇跡の曼 荼羅図のようでもあ り、眩暈さえ感じる ほどだ。オガサワラオオコウモリは 「飛ぶこと」によってたどり着き、現 在まで生き延びた小笠原の生態系の 一員である。  オオコウモリは主に熱帯に生息す る生き物で、日本では南西諸島と小 笠原のみに生息している。日本本土 で夕方に見かける素早いトリッキー な動きのコウモリは小型コウモリで あり、生物としての大きな違いから オオコウモリと区分されている。オ オコウモリの特徴はなにより「大き いこと」。オガサワラオオコウモリ は中型の部類だが、それでも成獣は 450.550グラムで、翼を拡げ ると 80 センチ以上にもなる。小型コ ウモリのような敏捷な飛行とはいか ず、皮膜の翼でバホッバホッと空気 を掴み、大きくゆったり羽ばたいて 飛んでいく。また、小型コウモリは ほとんど目が見えず超音波を使うの に対して、オオコウモリは超音波を 使わずに有視界飛行しており(一部 例外あり)、暗闇を見通す大きな目 を持っている。このように、顔のつ くりや体つきが異なると、人間から 見た印象も変わってくる。オガサワ ラオオコウモリについての最古の 記録と思われる江戸幕府の調査隊 (1695年)の報告に、面白い記 述がある。  「かうもりに似たる鳥 面は狸の如。 その毛、熊の毛の如。但し、白毛交。」 初めて見る、でもどこかで見た気 もする、奇妙な生物に対する驚きが 伝わってくる。観察も細かく的確だ。 実際、今でも本土の知人にオガサ ワラオオコウモリの写真を見せると 「熊 !? 」と聞かれることもある。海 外でオオコウモリはFlying Fox とも 呼ばれるが、オガサワラオオコウモ 2 日本ではなじみの薄い   オオコウモリとは? 文と写真*鈴木 創(小笠原自然文化研究所) オオコウモリの暮らす空。 海上を飛ぶこともある。 庭裏の絶滅危惧種 オガサワラオオコウモリ 小笠原からの手紙⑤ 頭をぐいっと持ち上 げて、飛行先を探る。

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