雑誌「チルチンびと」67号掲載 小笠原からの手紙
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小笠原からの手紙 写真・文 .. 安井隆弥(小笠原野生生物研究会代表) 貴重な地形・地質、生態系の残された小笠原は、今ユネスコの世界自然遺産登録に向けて動き出しています。小笠原野生生物研究会は、小笠原の野生生物を調査したり、自然保 護のボランティア活動を行っていて、私はこの会の一員です。何回かにわたり、小笠原の諸々のことを書かせていただくことになりました。 小笠原は徳川時代には「辰巳の無人嶋」と呼ばれていた。すなわち、江戸のはるか南東にある無人島であった。東京の南東約1000キロメートルに小笠原の主島父島がある。船は東京港を出て約 26時間かかって父島の二見港に着く。さらに南へ50キロメートル余りに母島があり、この二つの島に2500人ほどの人が住んでいる。 小笠原諸島はとても広く、亜熱帯から熱帯に跨がる30余りの島が北西太平洋に散在している。その中には。日本の最東端のマーカス島や最南端の沖ノ鳥島がある。 小笠原の生物の由来 小笠原の島々は、主に海底火山に(海底の山脈)ができ、その海嶺が隆起してできた島である。このように、地殻の変動などで大洋に浮かび出た島で、一度も大陸や他の島嶼(とうしょ) とつながったことのない島を海洋島(大洋島)という。小笠原の島々は海洋島である。ハワイ諸島やガラパゴス諸島も同じく海洋島である。 これに対し、かつて大陸の一部であった陸地が、地殻の変動で大陸と離れて島になったものを大陸島という。琉球列島や日本列島は大陸島である。   大陸島は島になったとき、すでに大陸と同じ生物が生息していた。海洋島は大洋に浮かび出たときは生物はいなかった。しかし、現在は、林があり、虫や鳥も生息している。これらの生物の祖先は、どうやって海洋島である小笠原に辿り着いたのだろうか。有名な歌「椰子の実」の歌詞にあるように海流に乗ってやってきたり、鳥が島に着き糞をした時に大陸の植物の種子が落ちて発芽したり、シダ植物やコケのような胞子をつくる植物は、胞子が風に浮遊して小笠原に運ばれてきたりした。 海流、鳥、風のいずれの運搬手段にも乗れないもの、たとえばドングリの実をつけるカシの木の仲間は海洋島にはない。動物では、蛇や蛙も、そしてオガサワラオオコウモリを除く哺乳類もいない。 イリオモテヤマネコやアマミノクロウサギが琉球列島にいるのは、ま

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