小笠原からの手紙「セミにカビ!? 母島で国内2例目51年ぶりの発見 セミカビ属“マッソスポラ”」
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1997年10月1日 お腹がボロボロのセミ 父島から母島に出張していた私は、庚申塚という地点で小笠原諸島固有のセミであるオガサワラゼミの分類学的研究のためのサンプルを採集していた 。捕虫網で捕まえたセミを瓶に複数個体入れたところで、あることに気付いた。「瓶の内側にオガクズのようなものが付いている。蓋のコルク栓が古くなって崩れたのかな?」。さらに、瓶の中のセミを観ると、お腹がボロボロになっている個体に気づいた。何と、オガクズのようなものは蓋のコルク栓が崩れたのではなく、ボロボロになったセミのお腹の中から出ていたのである。さらに採集してみたところ、そのような個体が多数いることがわかった。セミの雄は鳴き声を響かせるために腹部が〝がらんどう〟になっており、雌では卵が詰まっているが、雄でも雌でもそのような個体が観られた。これは何なのか? 父島に戻り、大学時代に受けた「昆虫病理学」という授業の教科書を繙いてみたところ、『セミの成虫の腹部を侵し、分生子で充満した腹部は……次々と脱落し』という今回の症状に一致するMassospora(マッソスポラ)属(17年セミカビ属)というカビのことが書かれていた。さらに顕微鏡でオガクズのようなものを観てみたところ、インフルエンザウイルスのようなイガイガを持つ球体が見え、これは休眠胞子(後述)らしいとわかった。マッソスポラとは? マッソスポラ属は昆虫に流行病を引き起こす昆虫疫病菌類というカビのグループで、ハエカビ目ハエカビ科に属する。セミのみから記録されており、アメリカでは17年ゼミから最初に記載され、現在までにセミの種ごとに異なる数十種ほどが知られているに過ぎない。日本国内からの記録はアマチュアのセミ研究の大家、加藤正世博士が1946年に都内の石神井公園で採集したニイニイゼミから得た1例のみである。つまり、母島からの記録は国内2 例目、実に51年ぶりの記録である。このカビはセミの成虫に感染し、体内に胞子をつくる。菌の感染によりセミの体節が先端から、生きているうちにはずれて落ち、感染したセミは腹部がない状態で飛び回る。体内に形成された胞子はセミの飛翔により地上にばらまかれ、次の感染源となる。さらに最近、この菌からはマジックマッシュルームに含まれる幻覚成分「シロシビン」と、中枢神経興奮作用を持つ「カチノン」(覚せい剤の一種)が検出され、腹部が脱落してもセミが飛び回り、交尾行動を続ける原因ではないかと推定されている。

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