「京都大原の山里に暮らし始めて」梶山正
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14 朝起きてまず最初に口にするのは熱い煎茶だ。僕が淹れた煎茶を飲みながら、毎朝ベニシアは、NHKの朝ドラを見ている。昼過ぎまではコーヒーか煎茶を飲むが、夕方以降はカフェインが入っていないハーブティーにする。カモミールやミント、レモンバームなどベニシアが庭で収穫して乾燥させたハーブを入れた缶がキッチンにずらりと並んでいる。 ハーブとは、草木を意味するラテン語herbaを語源とする英語だ。タイムやラベンダーなど欧米でよく使われるものだけがハーブと呼ばれるのではなく、例えば日本のネギや三つ葉、紫蘇などもハーブである。世界中のあらゆる国で、食用、薬用、香料、染料など人に役立つ植物は、広い意味ですべてハーブと言っていいだろう。 話は変わるが、僕は味覚と嗅覚を失い、どんな食物をも口にしたくない数カ月間を過ごしたことがある。10年前の11月の連休に、僕は趣味のクライミングをしに岩場へ行った。安全のためロープを結んで登っていたが、5メートルほど下の地面に僕は頭から墜落した。そして意識がないまま、病院にヘリで搬送された。急性硬膜外血腫、両側前頭葉脳挫傷、外傷性クモ膜下出血、頭蓋骨骨折のため緊急手術が施され、命は取り留めることができた。「ただでさえおかしい」とまわりからよくからかわれていた僕の脳は、それでさらにおかしくなった。   味やにおいの情報は、舌と鼻から神経を通って脳に伝えられる。ところが、脳組織が壊れたことで、情報が脳に伝わらなくなったのだろう。だから味とにおいがわからない。食事の時間が毎日苦痛だった。生きるために味のない固形物を少しだけ口に押し込み、咀嚼して飲み込むだけの日々が続いた。 そのとき、ハーブが僕を助けてくれた。怪我して最初の2カ月間は、柚子ティーだけが美味しいと感じられた。搾った柚子果汁とハチミツをお湯で溶いただけの飲み物である。おそらく柚子の爽やかな香りと酸味、ハチミツの独特の甘さだけが、僕の舌にも感じる何かがあったのだろう。 1月の半ばを過ぎた頃には、庭に育つ柚子の実はすべて柚子ティーに使い果たした。柚子がないと僕は生きていけない。どうしたらいいのだろう? 味覚がない辛さや自分のことさえもちゃんとできない苛立ちで、夕方になるといつも落ち込んだ。柚子ティーに加え、精神安定剤と抗鬱剤にも頼る日々が続く。 ある日、ふと思いついたのがハイビスカス&ローズヒップティーである。これはベニシアのハーブティー・コレクションの缶にいつも入っていたが、酸っぱいものが苦手な僕はあまり口にしようとしなかった。ところが、今は酸っぱいハーブが僕に合うかも……。ためしに飲んでみたら美味しかった、そして力が湧いた。それから数カ月間の僕の楽しみは、ハイビスカス&ローズヒップティーを飲むことに変わった。「いつから治ったの?」と聞かれハーブティーとハチミツで、元気になったVol.30フレッシュ・ハーブからドライ・ハーブをつくる。直射日光が当たらない風通しがいい室内で乾燥させる。ハイビスカス&ローズヒップティー。ハイビスカスはローゼル種のみ、ローズヒップは原種に近いものを使う。レモングラス、レモンバーベナ、レモンバーム、レモンミントをブレンドして、レモンハーブティーをつくる。

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