雑誌「チルチンびと」90号掲載 京都大原の山里に暮らし始めて 梶山正
3/4

10年を通して、我が家で最も大きな家族イベントはクリスマス。日本では正月がそうなるが、我が家では妻のベニシアが生まれ育ったイギリス式となっている。 まず、11月中旬になるとイギリスのクリスマスには欠かせないクリスマス・プディングづくりが始まる。材料の小麦粉、ドライフルーツ、ナッツ、ブラウンシュガー、黒ビール、ブランデー、卵、スパイスを混ぜて、約12時間スチームする。蒸し上がったプディングにはコインを数枚埋め込んでおく。食べるときにコインを見つけた人には、幸運が訪れるそうだ。  さて次は、親しい人に贈るトラディショナル・フルーツケーキに取りかかる。材料はクリスマス・プディングとほとんど同じだが、これはオーブンで焼きあげる。焼けたケーキが冷めるとブランデーをかけて綿布に包み、ケーキ缶に密閉して一カ月間寝かせる。こうすることで、profileかじやま・ただし/1959年長崎県生まれ。写真家。山岳写真など、自然の風景を主なテーマに撮影している。登山ガイドブックほか共著多数。84年のヒマラヤ登山の後、自分の生き方を探すためにインドを放浪し、帰国後まもなく、本格的なインド料理レストラン「DiDi」を京都で始める。妻でハーブ研究家のベニシア・スタンリー・スミスさんとはレストランのお客として知り合い、92年に結婚した。上/楽しいホワイト・クリスマス。 下/ローズマリーやセージなどのハーブでクリスマス・キャンドルをアレンジするベニシア。楽しいクリスマス風味が熟成してより美味しくなる。また、小さなミンス・フルーツ・パイもつくって、冷凍しておく。これは12月に遊びに来るお客様用だ。 12月に入ると家のクリスマス飾りに取りかかるが、まずは材料集め。ヒイラギや松など常緑樹と赤い実の南天などを探しに、ベニシアは子どもたちと一緒に近くの森を歩く。そこで見つけた天然材料で、クリスマス・リースやクリスマス・キャンドルをつくる。 さていよいよクリスマス・ツリーと家の中の飾りつけが始まる。子どもたちは、電飾やオーナメントを取り出し、ツリーに吊るして飾り付ける。ベニシアは子どもたちとさまざまなクリスマスの伝統を共有して、この楽しみを次の世代にも繫げたいと願っている。ベニシアが子どもの頃、彼女の母親は一人でこっそりと飾り付けをやってしまい、子どもたちには触らせなかった。ベニシアにとって、それが寂しかったそうだ。   子どもたちがいい子にしていれば、サンタクロースがクリスマスイブの夜、靴下にプレゼントを詰めてくれるはず。子どもたちがサンタさんへ書いたお礼の手紙とサンタさんを労う赤ワインをグラスに注いで、皆はベッドに向かう。 いよいよ25日、クリスマスの到来だ。イギリスでは朝から教会に行くのが普通というが、我が家の皆は寝坊している。やがて、子どもたちはおもちゃでいっぱいになった大きな靴下を引きずりながら、嬉しそうに起きてくる。一緒にベニシア手づくりのシュトーレンと紅茶の朝食をいただく。それからクリスマス・ツリーの下に飾っていたプレゼント交換が始まる。  昼過ぎになるとオーブンに火をつけて、七面鳥を焼く準備に取りかかる。大きな七面鳥は焼けるのに半日もかかるからだ。クリスマス・ディナーづくりとテーブル・セッティングなどに追われるうちに、だんだん夕暮れとなる。家中に飾ったクリスマス・キャンドルの灯りが美しい。 やがて招待した友人たちが集まり、シャンペンの栓を開けて乾杯。それから大きな七面鳥をオーブンから取り出して切り分ける。薄くスライスしてディナー皿にのせていくのだが、これが結構難しい。ローストポテト、芽キャベツと栗、ジンジャー・オレンジ・キャロットを添え、グレイビーソースとクランベリーソースを肉にかけていただくイギリス定番のクリスマス・ディナーである。 フィナーレは11月に仕込んでおいたクリスマス・プディングの点火だ。部屋を暗くして、ブランデーをかけたプディングに火をつけ、青い炎に包まれたクリスマス・プディングをテーブルに運ぶと、必ず「ワーッ!」と皆は声を上げて拍手1

元のページ  ../index.html#3

このブックを見る