雑誌「チルチンびと」70号掲載 京都大原の山里に暮らし始めて 梶山正
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16   18 年前、結婚したばかりの僕らは 京都市内の借家で暮らしていた。妊 娠して大きなお腹のベニシアは「薪 ストーブが欲しいね。炎をゆっくり 見ながら、お腹の赤ちゃんの成長を 楽しみたいね」と話していた。  住んでいた借家は比叡山から南に 延びる尾根の麓にあり、山の雑木林 と家の庭はつながっていた。薪にす る枝は、おそらくこの裏山で集める ことができるだろう。また、僕たち の結婚を祝って、友人たちが斧とチ ェーンソーをプレゼントしてくれて いた。ないものは、肝心な薪ストー ブだけである。   欧米の薪ストーブはかなり良さそ うだが高価である。安いという理由 だけで、僕は中国製ダルマストーブ に決めた。煙突などすべて含めてた しか5万円ぐらいだったはずだ。ダ ルマストーブは、あまり重くなかっ たので一人で車に積み込んだ。帰宅 した僕は、さっそく煙突の排気口を 部屋上部の窓から外へ出して、スト ーブ本体につないでみた。  ストーブを設置すると、僕は裏山 へ登って薪になる枯れ枝を集めてき た。果たして、ちゃんと燃えてくれ るであろうか? ダルマストーブの 中に小枝を入れて、祈るような気持 ちで火を付けてみた。小枝はまず白 い煙を出し、僕はちょっと不安にな ったが、そのうちオレンジ色の炎を 出してメラメラと燃えだした。心配 そうに見ていたベニシアと顔を見合 わせて、初点火を喜んだ。  こうして薪ストーブのある生活が 始まったが、僕たちを警戒する近所 の人々の声が少しずつ聞こえるよう にもなった。裏山とはいえ、他人の 山に入って薪を集めることへの非難。 また、チェーンソーの音がうるさい とか、火災を起こしたらどうするの かといった声も。僕たちが家の持ち 主ではなく、借家の住人だからそう 言われたのかもしれない。  そんな声を聞きながらも、僕たち は毎晩薪ストーブに火を入れた。出 産当日の夜もそうである。「今晩、 生まれるかもよ!」と彼女が言うの で慌ててタクシーを呼び、僕たちは 産婦人科に向かった。明け方、無事 に分娩室で息子の悠仁が生まれた。 それから2年半が流れ、僕たちは今 の家へ引っ越した。山に囲まれたこ 上から時計回りに /雪は見慣れた景色を一新してくれる。 /赤い実をつけ たセンリョウ。 /ハーブのヘザー。英国の山を歩いたとき、野生のヘザーを よく見かけた。 上から時計回りに /僕の薪割り道具一式。 /カシノナガ キクイムシにやられたミズナラ。フラス(排出された木屑) には仲間を呼び寄せる集合フェロモンも含まれる。 /やら れた木を割ってみると、穿孔を確認できる。 九州育ちの僕は、雪が降ると嬉しくなる。

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