雑誌「チルチンびと」67号掲載 京都大原の山里に暮らし始めて
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けられる。おそらく、結婚式や法事 でたくさんの親戚が集まっても、こ のおくどさんで、皆の料理をつくっ たのだろう。ここに暮らしてきた人 びとの息吹が、残されているように 感じられた。   しかし、僕たち一家がここに暮ら すようになって2年、おくどさんを 使うことは1度もなかった。大原に 多い、四つ目建ち(家の1階の中心 部分に、田の字のように4部屋が集 まった間取り)の2部屋をダイニングキッチンに改修していたので、調 理台はそちらにある。おくどさんの ある土間は暗くて寒く湿気も多い。 ときどきイタチが走り回るので、ベ ニシアは怖がっている。悠仁は、こ こにも〝まっくろくろすけ.が住ん でいると言う。そんなわけで、たま に来てくれる客人に「重要文化財み から反時計回りに /在りし日 くどさん。五つの大きな竈が付 いた。 /改修工事中、おくど の中に入って遊ぶ5歳の悠仁。 間の改修工事は、全部で3回に て実施した。写真は3回目、土 撤去する知人のチュータと9歳 仁。この後、ここに窓を取り付 ら、ぐっと明るくなった。 / スタジオになったり、ある時は、 大工の工房になったり。ときど ロッククライミングの練習場に もなる、現在の土間。 たいでしょう!」と鑑賞してもらう だけの存在になっていた。 さよなら、おくどさ ん   暖かな春のある日、町内の池田さ んから、池田家のおくどさんを撮影 して欲しいと頼まれた。築150年 の家を改築するので、おくどさんを 撤去するそうだ。カメラを持って訪ねると、すでに神主さんがお祓いを 済ませた後で、おくどさんの上には、 塩と米とお酒が供えられていた。   その3カ月後、僕とベニシアは完 成した池田家を訪ねた。古民家を上 手に改築することで有名な工務店に 依頼したそうで、家の外見は以前と 変わらぬ雰囲気であった。ところが、 室内は元からある渋さに、使い良さ と現代的センスが加えられたようだ。 僕もそのうち、我が家のおくどさん のある土間を写真スタジオにつくり 変えようと思った。   年が明け た 年1月の寒いある日。 僕はついに腰を上げた。ツルハシと バールを持って、おくどさんを囲う 黒いレンガを剥がし始めたのだ。レ ンガの目地の表面はモルタルで固め られていたが、内側は粘土のような 土で留められていた。大変なことに なるかと予想していたが、案外簡単 に作業は進んだ。外出先から戻った ベニシアは、土埃が立ちこめた土間 を見て驚いた。幼稚園から戻った5 歳の悠仁は、新たな遊び場ができて 嬉しそうだが、「まっくろくろすけ はどうしたの?」と、ちょっと心配 でもある様子。   おくどさんから取り外したレンガ は、いつか庭の通路や花壇の縁に使 おうと庭の隅に積み上げた。レンガ の内側の土は庭に撒くことにした。こうして再利用することにしたので、 ゴミは出ない。おくどさんを取り除 いた土間の部分をモルタルで固めて、 写真スタジオができ上がった。   改修する前、僕はこのおくどさん の写真も撮影しておいた。自分の力 で安くできたのは良かったが、今も そのおくどさんの写真を見ると、少 し複雑な気持ちになってしまう。 かじやま・ただし 1959年 長崎県生まれ。写真家。山岳 写真など、自然の風景を主な テーマに撮影している。登山 ガイドブックほか共著多数。 84年のヒマラヤ登山の後、自 分の生き方を探すためにイン ドを放浪し、帰国後まもなく、 本格的なインド料理レストラ ン「DiDi」を京都で始める。 妻でハーブ研究家のベニシア・ スタンリー・スミスさんとは レストランのお客として知り 合い、92年に結婚した。 上/庭のラベンダーを摘んで 干し、あとでさまざまなハー ブグッズをつくる。 下/ベ ニシアの趣味の一つは、籠や笊、 古い水瓶や茶箱などを集める こと。

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