雑誌「チルチンびと」63号掲載 京都大原の山里に暮らし始めて
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P6 とセンスの良さが感じられた。吹き抜けになった土間へ行ってみると、民俗博物館にあるような、大きなおくどさんがあった。その上を被うように延びる梁は直径 50センチほどもある立派なものであった。大黒柱はよく磨かれて赤黒く光った檜だ。  家主に挨拶をして別れ、僕たちは車を走らせた。「ついに私が死ぬ家を見つけた!」とベニシア。僕はこの家で何か新しいことを始められるだろうという予感がする。  帰宅してさっそく不動産屋に電話し、気に入ったことを伝えた。すると、「じつは借家ではなく、家主は売りたいそうです。借家ならば、数年内に必ず買うという契約で …」 え?  最初からその作戦だったんだな。とはいえ、ベニシアには「終の住処」、僕には「新しいことを始められる」と感じさせた家である。これまでの人生で家を買うなんて考えたこともなかったが、方向は決まった。  翌日、不動産屋へ。「頭金はどれぐらい準備していますか?」。どうやら、家を買おうと計画する人は、数年間、頭金を貯蓄してから動き出すのが普通のようだ。「頭金はなく、赤字の自営業です」。不動産屋はあきれた顔で僕たちを見る。そんなことを気にもせず、僕は住宅ローンの申請に動き始めた。何とかなるだろう。いくつかの銀行を回ってみたが、審査がOKの返事をどこからももらえない。2カ月が流れた。仕方がないので、不動産屋が指示する手順で動いてみることにした。すると不思議なことにOKの返事をもらうことができた。「これで家が買える!」   そうこうしているうちに借家を退去しなければならない日が迫って来る。もうすぐ大原へ引っ越せるだろうと安心していたとき、不動産屋から連絡があった。家主の母親が亡くなったので、四十九日が終わるまで待って欲しいと。住む家がない僕たちは仕事を休んで、東北地方の旅に出てみた。そして、カエルの合唱が賑やかな6月 15日、やっと大原の住人になることができた。 かじやま・ただし 1959年長崎県生まれ。写真家。 山岳写真など、自然の風景を主な テーマに撮影している。登山ガイ ドブックほか共著多数。84年の ヒマラヤ登山の後、自分の生き方 を探すためにインドを放浪し、帰 国後まもなく、本格的なインド料 理レストラン「DiDi」を京都で始 める。妻でハーブ研究家のベニシ ア・スタンリー・スミスさんはレ ストランのお客として知り合い、 92年に結婚した。

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