雑誌「チルチンびと」 脱原発のために私たちができること「ドイツ、スイスに学ぶ脱原発都市の実践」
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デレスケさん宅。開 口部から取り入れた 太陽熱を逃がさず寒 い冬でもロウソクや生 活から出る熱でほぼ暖 房が足りる。 上/熱を逃がさないためヴォーバン地区では一戸 建が禁止。大きな集合住宅を除けば、壁で隣の 家と接している家が多い。 右/五つある緑地 公園のうちの一つ。山から吹き下りる風をまんべ んなく居住地に通す。 るためのくぼ地。それら数多くのプロジェ クトと並行して市と市民が力を入れたの は、省エネルギー型の街づくり・家づくり である。  冬が長く氷点下も珍しくないドイツで は、住居の暖房に多くの「エネルギー」を 使う。ここでいうエネルギーとは電力に限っ たものではなく、暖房用オイルや天然ガス を燃やして暖房や給湯に使う熱のこともさ す。せっかくストーブで暖を取っても、す きま風がそれを奪ってしまっては意味がな い。いかに熱を逃がさない建物をつくるか が、ドイツのエネルギー問題では肝であり、 また化石燃料ではなく太陽が与えてくれる 無償の熱源をうまく使う必要もある。 集合住宅のパッシブデザイン   192 上から順に/ 木質チップ7割、天然ガス3 割を燃やす発熱・発電装 置(コージェネレーション)。 /“太陽の建築家”ロルフ・ディッシュ 氏による「プラスエネルギーハウス」。屋根を兼ねるソーラーパネルが 家庭内で必要とする以上のエネルギーを生み出す。 / 82 角からなる まゆ型の家。4世帯と14 の職場が入っている。/その緑化された屋 上は住民の憩いの場。ゲーベルさん・ライフさん夫妻と近所の住民が サマータイムで遅い時間まで明るい夕べの時間を楽しむ。 る。そもそもヴォーバン地区には、地元の 電力会社による大型コージェネ装置があ り、地域で必要とされる熱の供給をまか なっているが、パッシブハウスは暖房用の 熱の必要性が非常に低いため、そこから熱 を買う契約を結ぶと割高になってしまう。 そのためこの住宅では独自の小型コージェ ネ装置を導入し、しかもつくられる電気を 隣近所に安く販売している。 「電力会社がこの電力販売計画を容認した ことは、彼らにとってもプラスだったと思 う。もしも彼らが無理難題をつきつけて私 たちを妨害していたら、ここへ見学にくる 人たちにそのことを 10 数年にもわたって説 明していただろうからね」とデレスケさん は笑って話す。 子育て世代に人気がある理由  住民たちが建築家と一緒に自分たちのア イデアを持ち寄って建てた住宅は、ヴォー バン地区の大半を占めている。  そのうちの一つ、イェンス・ゲーベルさ ん、ヴェロニカ・ライフさん夫妻が暮らす 住宅にも面白いコンセプトがある。ここに 暮らす人は、建物内に仕事場を持たなけれ ばいけないのだ。それにより無駄な移動が 避けられ、移動・輸送にかかるエネルギー や時間も節約できるというわけだ。ちなみ にこのコンセプトはヴォーバン地区自体に も取り入れられていて、商店や事務所など で約600人の雇用が確保されている。  まゆ型のユニークな形をした住宅の1階 にある、彼らが営む音楽スタジオを案内し てもらった。普通の住宅内に音楽スタジオ があって、ドラムやキーボードが置いてあ ること自体驚きだが、その防音壁の厚さを 見れば納得できる。このスタジオを借りて CDなどへの録音や編集ができるという。 「ヴォーバン地区はいいよ。生活に必要な ものは何でもそろうし、街の中心部にもす ぐに行けるからね」とゲーベルさん。  4歳の息子ティム君を持つ二人にとって も大きな利点があり、「保育園・小学校が すぐ近くにあるし、保育プログラムも充実 していて助かるわ。小川のほとりや冒険広 場とか、子どもが思いっきり遊べる場所も 多いしね」とライフさんはにこやかに話す。  子育てのしやすさというのは、ヴォーバ ン地区の長所として真っ先に挙げられる。 3人の娘を育てるハナー・プリンツさんは、 以前フライブルク市内の別の場所に住んで いた当時、交通量が多いため子どもたちだ けで外で遊ばせるのが難しく、いつも遊び に付き添っていたという。 「ここは車の交通がほとんどないから、そ んな心配をしなくても大丈夫。子どもたち は自分たちでどこで落ち合うか決めて自分 たちで遊びに出かけるの。そうやって主体 的・自立的にもなっていくと思うわ」 市民による街づくり・家づくり  ヴォーバン地区にも、いくつかの問題は ある。  たとえば長屋式に連なっている住宅を、 南北ではなく東西に長い形で配置したら、 南に向いたパッシブハウスがより多くつく られていたはずである。また住宅の密度が 高すぎるという意見を口にする人も多い。  それでも、市民が行政と粘り強く交渉し ながら自分たちのアイデアを実現させて いった過程、持続可能で省エネルギー型の 街を実現させた意欲は、日本における今後 の街づくり・家づくりのヒントになると思 われる。  太陽が家々のソーラーパネルをきらきら 照らし、大木の木陰のベンチで人びとが憩 う。牧歌的な時間が流れるこの街は同時に、 近代、近未来における理想的な居住空間を 体現しているといえるだろう。  16 世帯、 40 人が住む集合住宅を例にとっ て紹介しよう。東西に長く建てられたこの 家は、広い南向きの面に大きなガラス板が はめ込まれ、太陽の光と熱がふんだんに部 屋の中へと差し込んでいる。家の前の大き な菩提樹は、夏の暑いときには日差しを和 らげ、冬には葉を落として光を通す。窓は 3重ガラスで、壁には断熱材であるウール やポリウレタンが 35 ~ 40 センチの厚さで詰 められている。さらにベランダ部分は自立 できるような構造になっていて、建物と必 要最低限な部分でしかつながっていない。 そのためベランダを通じて外部の冷気が建 物内へと伝わることも抑えられる。  断熱性がよいと建物の密閉性も高くな り、カビの発生等を避けるためにも換気が 必要になる。しかしそのために窓を開けて しまっては、せっかくの暖かさが逃げてし まう。そのためこの家では、換気装置によ る自動的な空気の入れ換えが行われるが、 外から入ってくる新鮮な空気は中から出て いく空気とあらかじめ熱を交換するので、 換気によって室温が低下するという問題も ほとんど起こらない。  太陽の恵みの「熱」を家の中に閉じ込め、 暖房をほとんど必要としないこの建物は、 1999年に集合住宅としてはドイツで初 めてのパッシブハウスとして誕生した。し かもこの建物を建てたのは不動産屋でも建 築業者でもなく、一人の建築家と市民が一 緒につくった「建築グループ」だ。つまり、 この家に将来入居することになる人たちが 意見やアイデアを出し合い、十分な議論を 重ねて、自分たちが住みたい家をつくり上 げていったのだ。また計画を練っただけで なく、基礎工事後の内装などは、居住者が 多くを自ら手がけた。  この家の住民の一人で、ヴォーバン地区 のツアーガイドも行うアンドレアス・デレ スケさんは、この家に住むことの魅力の一 つをこう語る。「多くの人が最初は懐疑的 で、本当に自分たちでできるのか疑ってい るけど、実際にやってみればそれが可能だ とわかってくる。そうやってつくり上げた 家に住むこと、自分たちの省エネのコンセ プトが間違っていなかったということを毎 日認識できるのは非常に幸せだと思う」  この家にはさらに小型のコージェネレー ション装置があって、冬場には天然ガスを 燃やして暖房・給湯用の熱と電気を生産す

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