
私が、この会社に入ったのは、32年前のこと。もともとこの会社に入ろうとは、これっぽっちも思っていませんでしたね。私は画家か漫画家に憧れていて、小・中学校のときには、将来、そのどちらかになるものだと思っていました。ところが、高校に進んで、遊んでしまいました。あの頃は、アートが好きとかいうと、オタクというイメージで、男はもっと硬派なことをするべきだ、みたいな感じがあったんですよ。で、このあとデザイン学校に行こうかな、と思っていたときに、この会社の求人を見て、サンプル屋さんか、まあ、ちょっとくらいは好きな方面かなあ、と何も知らずに …… とりあえず、みんな就職するから、私も、と。ホント、安易でしたね。
初めは、採型という仕事をしたり、当時は上下関係もきびしくて お茶汲みなんかしたり。二年くらいたって、やっと、先輩についてハンバーグをつくりましたね。それまでの毎日は、叱られてばかりいて、ぜんぜん面白くなくて、ただ、会社に来ていただけ。自分でつくるようになってからは、すごく面白くなりましたね。それまでは、ただ、人の指示でやっていたのが、自分の好きなようにやれて、それが気に入ってもらえればそのまんまいけて …… ダメならダメでと、わかりやすいんです。
よくつくったのは、グラタンとかドリア類でしたね。ここでつくってみて、いいんじゃないかと思っても、実際、店に飾ってあるのを見ると、アーア、みたいなことありましたね。自分の中でダメ出しばっかりしていた気もします。フワフワ感がないな、作為的だ、無理がある、自然な料理じゃないなあ、とかですね…… まあ、そうかと思うと、私がつくったものじゃないと思って、他人のものを批評していて、気がついたら自分のものだった、ということもありましたね。

つくる手順としては…… 担当の営業員が、お得意さまのお店に行って、実際に料理見本をつくってもらい、それをスケッチするんです。ハンバーグを例にとりますと、お皿の端から何センチのところに載っていて、ジャガイモが何個あって、ソースはちょっと濃いデミで …… とか、絵を描いて、説明をつける。それが、設計図になります。それで、その料理の実物もいただいてきて、工場で型をとるんですね。実物のまわりに、シリコンを流し込んで、固まるのに約一日。固まったら、実物を取り除くと、それが型。その型にビニール樹脂を流し込みます。それにはもう、ハンバーグのベースとなる色が調合されています。それを、ガスオーブンに入れて、10分ほど、熱を加えると硬化し、それで、牛肉のハンバーグのできあがり。
つぎは、色付け。初めは、エアブラシで吹き付け、そのあと、筆で油絵の具を塗っていきます。事前に、実物を撮った写真を色見本に、濃いめ、薄いめ …… しっかり焼く、とスケッチした設計図に書いてあれば、そのように塗っていきます。付け合わせですが、インゲンは、グリーンの材料で、型をとれば、そのまま使えますね。ニンジンも、オレンジの材料でできあがりますが、真ん中の黄色っぽいところは、色を吹き付けます。ポテトは、蒸かしたジャガイモの色でできあがるので、その上に、油で揚げたような色を吹き付けていきます。そして、盛り付けへ。
ご飯は、樹脂で粒状にできているお米をボンドでまぶし、箸で、盛り付けていく。そのとき、ご飯粒が立っているように、ふっくらと。中央を高く盛るとキレイなんですね。土台の上にお米を並べていく、という感覚でしょうか。ここまで、注文がきて納品まで、いまですと、2~3週間ですかねえ。まあ、注文の数にもよりますが、チェーン店で、一軒で100品くらい飾る場合は、時間はかかりますよ。

難しい注文って、まあ、食べたことのないものもありますからね。それが、辛いのか甘いのかわからない、というのもありますからね。実物見本が届くと、眺めたり、触ったり、固いのか、柔らかいのかを、見ます。…… ああ、このフォークでスパゲティーを持ち上げているサンプルですか。最近、そばを持ち上げたりとかの注文が、増えてきました。スパゲティーで難しいのは、麺の曲がり具合、このくねくね感。ふにゃふにゃにならないで、大ぶりに曲ったような、うまく空気がはいっているような…… そこが、難しいんですね。
ピザは、焼きたて感を演出するための、ピザの皮の焼き加減ですね。トマトソースとチーズと油がからんだ、ぷくぷく泡立ったキワのあたり。下から熱が入って、油がにじんでいるような、焼き立て感の表現。カレーライスは、簡単なようではありますが、注意するのは、色ですね。ポークカレーは若干薄めに。ビーフカレーは若干濃いめに。あと、中の具ですよね。中の具が見えないと、お客さまには、伝わらないですから、実際は埋もれちゃっていることもありますが、それを、見せる、と。
ラーメンで難しいのは、スープと麺の関係。ホンモノは、麺がスープの中に入ることが多いですけど、サンプルの場合、ちょっと麺を見せないと、麺が細いか太いか、わかりません。
そこいくと、冷やし中華は、やりやすいほうですが、難しいのは、具材の並べ方。キュウリなんか、きれいに並んでいたら、いかにもウソっぽいじゃないですか。どこの部分に、ちょっと重ねて置くか、ハムとかも、いかにもパッパッと盛って、それでいてキレイに見えるかですね。そういうことでいいますと、チャーハンも簡単そうですが、具とご飯のバランスが難しいです。具が、ご飯の中に均等に入ると、作為的になってしまいます。これを、いかに自然に、おいしそうに見せるかというと、経験ですね。

この仕事、私に合っていましたね。私自身は、アキっぽい性格ですから。今日はスパゲティーをつくり、明日はカレー、つぎはラーメンと、毎日が充実していました。食べたことのないものの注文がきて、これ、どうするんだろうとイメージをふくらませていられる。それが、楽しかった。今日はうまくいかなかったなあ、今度はこうしてみよう、とか。なんでダメだったんだろうと思いながら、あそうか、こういうやり方があったか、とか。文句を言われたけど、今度はギャフンと言わせたいなあ、とか。一回ホメてもらったら、有頂天になりますし。
お店があまりはやっていなかったら、もしかしたら、自分のせいかなあと、落ち込んでみたり。この仕事、一人ひとり、得意なものが違います。私は、なにかなあ。洋食系ですかね。和食類は、難しいですね。お刺身の色、お魚の色…… 自然から出た色じゃないですか。マグロの赤、ヒラメの透き通るような白。例えば、その赤い色を出すために、料理でいうところの隠し味 …… まったく違う色を足してみたりしますね。赤に緑を入れて、くすんだ赤にしてみたり。自然の色に近づけよう、近づけようとしますね。
ですから、お寿司は難しいですね。奥が深い。これは、誰かが言ってたことですが、魚の切り方にしても、職人さんが右利きか左利きか、どちらの手で切ったかがわかるらしいですね。人によって包丁の握り方も違いますしね。その極意まで知らないと、タイヘンなことになってしまいます。イカなんかでも、シャリとの透き通り感。その間に、ワサビの色が透けて見えたりする、その微妙な色合いをどう出すか、ですね。

時の流れ、時代の移り変わり、というものを仕事の中に感じること、よくありますね。たとえば、…… 以前は、どこの店に行っても、ハンバーグはハンバーグで、お隣の店と同じようなものが、飾ってあってもよかったんですけど、いまは、隣の店と同じではダメだと言われる時代。あと、そうですねえ……以前はホンモノよりも少々盛りをよくすると喜ばれたのですが、最近はホンモノよりも若干少なめにしてほしいと言われますね。大盛りのサンプルが店に飾ってあって、実際にでてきたのが少なかったりすると、モンダイですから。ちょっと少なめにサンプルをつくっておいて、運ばれてきたら多かった、という分には、文句はでないということでしょうか。時代の流れだと思いますね。
忙しさで言いましても、いまはもう、8月になりますとおせち料理のサンプルをつくります。デパートでは、10月ころから飾るところもありますからね。とすると、9月中旬には納めないといけません。おせちは、とにかくいろんな種類がいっぱい入るじゃないですか。何人もで、かかりきりで、カマボコはいつまで、伊達巻きは何日まで、というふうにします。全国の店頭にいっせいに並べるわけですからね。これも、時代の流れですか。
私どもの会社の創業は、1932年。創業者は、岩崎瀧三です。大正の初めころには、もう食品サンプルというのは、あったようですね。それは、栄養食、病院食のサンプル用でしたが、それを食品サンプルへと事業化したのです。ちょうど、デパートの食堂が人気を集めだしたころで、たくさんのお客さまが来て、それに対応するために食券制度を採用し、食品サンプルの需要が出てきたと聞いています。それから84年。 “古くて新しい誘客ツール ”として、海外からのお客さまも、サンプルへの関心は高くなりました。東京オリンピックの時など、この食品サンプルという文化を、さらに世界中に広めたいですね。

株式会社 岩崎
ビーアイファクトリー[製作部]
神奈川県横浜市鶴見区鶴見中央3-7-15
TEL:045-508-3761
元祖食品サンプル屋 合羽橋ショールーム
東京都台東区西浅草3-7-6
TEL:0120-17-1839
店頭に飾って、目と食欲と財布をお誘い。それが食品サンプル。ハンバーグ、スパゲティ、握り寿司、クリームソーダ、なんでもつくります。創業84年。おいしい裏話。
お知らせ
『食品サンプル製作体験』予約制
80余年の伝統を受け継ぐ元祖食品サンプル屋で体験してみませんか?
食品サンプル職人が考案したユニークで楽しい製作メニューをご用意。レクリエーションや学習の場としてもお気軽にご利用ください。
対 象:小学校1年生以上
※小学校3年生以下の場合は大人の保護者の方同時参加(有料)が必要です。
(大人1名様につきお子様2名様まで)
定 員:1回16名様まで
(団体で17名様以上のご参加をご希望されるお客は別途ご相談ください)
料 金:2,160円(お一人様/税込)
場 所:合羽橋ショールーム 東京都台東区西浅草3-7-6
時 間:①11:00~ ②14:00~ ③16:00~
各回60分~75分(目安)
内 容:昔ながらの蝋(ろう)を使った食品サンプルを製作
・天ぷら2個(エビ・ナス・カボチャ・シイタケ他から2品選択)
・レタス1個
ご予約・お問い合わせ:フリーダイヤル 0120-17-1839