雑誌「チルチンびと」77号掲載 設計 奥村昭雄+奥村まこと
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のは、勝吉さんの趣味のオーディオの音響を考えてのこと。食堂の窓辺の席は、夕暮れ時に灯した照明が女性の美しさを引き出す特等席。奥村夫妻の娘・織おり工こうおきぬさんの手によるバラのカーテンは、暮らしをやさしく包んでくれる。間取りに始まりしつらえに至るまで、日々さまざまな発見がある。 そして何といっても、青々とした草の庭。「家事が、楽しくなってきたんです。物干し場の足元にはミントが生えていて、踏むとパッと香りが散る。ああ、幸せだなって思う」(美紀さん)。もちろん雑草の庭は、生命力が強い反面、手入れが必須。荒れ放題で踏み入ることもできなければ、愛着をもてず重荷になってしまうから、鎌を手にして草刈りは欠かせない。「人間と同じ。愛おしいと思うこともあれば、あまりの逞しさに憎たらしい時も(笑)」。 庭仕事から見えてくるのは、3・11以降の暮らしを見つめる手がかりだ。「動物としての本能と、人工的に住む場所をつくろうとする知性。人が健やかに暮らすには自然をコントロールすることも必要ですが、技術を過信して快適さを追求するのは、健全ではない気がして」と、工学に携わる勝吉さん。 庭先で風にそよぐ雑草たちは、声を上げずとも雄弁に、人の営みのありかたを指し示してくれている。上/居間から食堂を見る。斜めに振れた壁や厚い床板は音響を考えてのこと。 右上/奥村夫妻との出会いとなった玄関扉。 右下/「装飾を排して簡素を求める」向きがあったという辻田さん。家ができてから壁に絵を掛けるなど、暮らしを飾るしつらえも楽しむようになったとか。23

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