三重県編 その二

人間は経験を遺伝子に記憶しているんじゃないか、と仮定してはじまった私の旅、初めての出会いでもなんだか懐かしい、に出会う旅でもあります。両親や祖父母、そのまた先祖達が後天的に経験したことを、私たちが遺伝子レベルで受けついているかどうか、まだ結論は出ていないそうです。心理学者のユングは自身の心の病の時、描いた絵がそれまで見たこともなかったチベットの曼荼羅にそっくりな事を知って、彼の<集合的無意識>*という仮説を見出しました。人類は民族、人種を超えて共通の意識を受けついでいるのかも知れません。

トヤオ工務店さんから約20分、伊勢茶畑のひろがる道沿いに大きな木枠の家が見えてきました。「やさい懐石・カフェはなもも」さんのつじなおこさんが笑顔で迎えてくれました。「以前お会いしたことありますか?」と思わずお尋ねしたくなったのは何故でしょう。小柄でふんわりとものごしが柔らかなそのひとは桧(ひのき)林の中に、好きな骨董や工芸品を売るお店をしていらっしゃいましたが、ある方との出会いが運命を変えたそうです。その方のところに集う人々のために手作りのお料理をふるまっていたところ、つじさんの心のこもったおもてなし料理がたいへん評判になり、お店をしてみてはどうか、とアドバイスを受け今に至ります。「野菜にきいて、野菜に語らせる料理、野菜の声はいのちのひびき。風と土とお日さまと、八百万の神々が一緒にかなでるうた」とウエブサイトにありました。自分がコントロールするのではなく、野菜のありようを生かす、そのお料理がまた人を生かすことは間違いありません。

ご縁とは不思議です。昔坐禅の真似事に通っていたときある老師が私に教えてくれました。「一人の人との出会いはその人だけとの出会いではなく、その背後にいる100人の方との出会い。」「高次のものと繋がることを意識すること、週一度の坐禅に出会えることは貴重なこと、ちっぽけな事だと思われる日常の事が稀(まれ)なること。」を説きました。稀なる恩師との出会いから起こった自身の心の変化に素直に従ったつじさん。丁寧に抽出されたこの地元伊勢の紅茶の香りに私たちの五感は喜び、雑木林の風景が視界にゆるやかに溶け込み、どこかでかつて出会った記憶をたどるように、いつまでも沈黙でいられる時を過ごす私たちなのでした。

*集合的無意識:C.G.ユングの用語。人の行動を支配することの多い無意識の力のうち,本能的傾向ならびに祖先の経験した行動様式や考え方が遺伝的に受継がれてきたものをさす。個人的な経験が抑圧されたものを個人的無意識というのに対して,普遍的・超個人的な無意識といえる。(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 より)