三重県編 その四

中学生の頃、先輩に連れられて裏道の穴倉のような喫茶店に入りました。喫茶店というものにどうしても入ってみたい好奇心からです。一枚板のカウンターとボックス席が2つしかない、その場所はレコードがびっしりカウンター背面を覆っておりました。不愛想なマスターが玄米ライス*とコーヒーを出し、髪の長いお兄さんたちが難しそうな政治や文学、哲学の話をしているのでした。大人への階段の第一歩が、喫茶店に行く、ということだった70年代~80年代が懐かしく思い出されます。

カフェめがね書房

カフェめがね書房

カフェめがね書房

三重県度会(わたらい)郡に、「カフェめがね書房」という、カフェなのか眼鏡屋なのか、はたまた本屋さんなのか、不思議な名前のカフェがあることをインターネットで知りました。興味をそそられ出かけることにしました。地図を見ながら山道をくねくね。走れど走れどそれらしき建物が見当たらず、何となく心細くなってきたところで民家のある集落につきました。農家の物置?とおぼしき小屋正面に黒板が掛けてあり、「カフェめがね書房」とありました。大きな木戸を恐る恐る開けてみると丸い黒縁の眼鏡をかけた純朴そうなお兄さんが現れ、「こんな、ところまで来てくださって、ありがとうございます!」と恥ずかしそうな笑顔で迎えてくれました。

店主の染川卓摩(そめかわ・たくま)さんは、どんなにか喫茶店、もとい、カフェに憧れた少年だったのでありましょう。店はなんだか昭和のレトロカフェのよう。壁の色、玄関の古材を使ったデコレーション、座り心地の良さそうな木の椅子、古びたテーブルや棚、絵本が入れられた額、店主のこだわりが店内のそこかしこに見られます。どこかの席に、宮沢賢治さんが座ってそうな趣きです。メニューは二種類のコーヒー「めがねブレンド白」「めがねブレンド黒」〔各450円〕のほか、「チーズケーキ」,「チョコレートブラウニー」〔各350円〕、眼鏡の形の「ひげめがねクッキー」〔120円〕など焼き菓子も並んでどれも美味しそう。「最近カレーをはじめました。」とのお申し出に嬉しくなり注文すると、スパイスから手をかけたとおぼしきまろやかな「バターチキンカレー」〔1250円・サラダ、ドリンク付き〕がこっくりしたお味で美味でした。夏限定メニューのかき氷はいちご、やまもも、黒蜜ときなこなど、手作りのシロップ。評判を小耳にはさんだお客様が遠くから訪れます。

カフェめがね書房

カフェめがね書房

カフェめがね書房

聞くとめがね書房の染川さん、開業前から「CAFEめがね書房」の名前で古本の販売をしたり、知り合いのイベントの時に珈琲を淹れに行ったりしながら接客の経験を積み人脈を広げ、店名も宣伝をすることで着々と準備をしてきたということ。「単なるカフェに留まらず、自分の好きなモノ・コトで自分らしい仕事、生き方を追求して、地域貢献できるオルタナティブなコミュニティ的空間を目指していきます。」と眼鏡の奥に固い意志を覗かせます。ライブやイベントなどのほか、アーティストの作品展示のためのギャラリースペースも始めました。「え?こんなところに?」という場所にお店を出せるのは、SNSのFacebook,twitter,instagramを駆使して情報を発信でき、遠くからでもマップを頼りに訪ねてくる方を見込んでのこと。もちろんすぐ歩いて来られるご近所の方も大歓迎。「長く続ける店を目指します。」とめがねの奥に情熱をたぎらます。彼がファンだというシンガー「世田谷ピンポンズ」、こっそり聞いてみました。昭和のフォーク感と不思議なはぐらかされ感、なんだかめがね書房さんに共通する真面目さと純粋さに共通点を見出しました。そういえばかつて私が憧れた不思議な喫茶店の小難しい感じのお兄さんたちは、今はちょうど彼のお父さんほどの年代になっています。日本が熱く激しかったあの時からひとつの時代がめぐったのだと悟りました。

*1970年代に主に団塊の世代が集まる喫茶店にあったメニュー。玄米にバターをのせて醤油をかけて食べるもの。ほかに青菜、漬物など一菜がついていた。